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第22話 診療2 

 声を出さず私に『大丈夫だよ』と言ったシルビア様が、ワラビー獣人のお婆さんの背中をそっとさする。


 1回

 2回

 3回


 シルビア様の手が背中をゆっくり撫でる度に、曲がっていた背骨が真っ直ぐになっていく。

 お婆さんの顔の深い皺が浅くなり、肌には張りがでてくる。

 3度背を撫でた頃には、皺がほとんどわからないほどになり、色褪せた毛並みも艶を取り戻していた。


 お婆さんは気づいていないけど、私は驚きすぎて声を出す事ができない。


(これって……)


 ロシ―タちゃんが私によじ登って、おぶさりながら真剣な表情でお婆さんを見ている。


 ロシ―タちゃんも、気づいたのね?


「貴女は、とても運のいい方だ」

「え……?」


 シルビア様の言葉に戸惑うお婆さんをよそに、シルビア様が異空間収納から小瓶を取り出す。

 シルビア様はお婆さんの手を取って、水薬の入った瓶をそっと載せた。


「つい先日完成しました。魔力欠乏症の薬です。今すぐ、こちらをお飲みください」


 お婆さんは手の中の薬瓶とシルビア様の顔を交互に見つめる。


「あ……ああぁ……」


 声にならない声を出し、お婆さんが震える手で薬瓶を握りしめた。

 震えが止まらないお婆さんの代わりにシルビア様が瓶の蓋を開け、お婆さんが薬をゆっくりと飲み干すのを手伝う。

 お婆さんは薬を飲んだ瞬間から、目の下の隈が消えて顔色が明るくなっていく。


「ご気分は、いかがですか?」


 優しく聞くシルビア様に、お婆さんは張りのある声で答えた。


「……すばらしくいい、です……ここ何年かで一番、体調がいい……薬が体に染みわたっていくようで……」


 お婆さんは戸惑いながら再び左足の裾を捲った。

 裾からのぞいた足は、健康そうな肉付きを取り戻していた。


「わ、わぁ――!」

「すごいぞー!」


 私たちが驚いていると、シルビア様も微笑む。

 お婆さんは自分の足を信じられないように見て、シルビア様を見返し、そして、もう一度自分の足を見ると再び泣き崩れた。


「あ……ありがとうございます……ありがとうございます! ありがとうございます!!」


 私は自分も涙を流しながら、診療所の棚からタオルを取り出してお婆さんに渡す。

 お婆さんはタオルに顔を埋めて泣き続けた。

 ロシ―タちゃんが私におぶさったまま、長い舌で私の涙を舐めてくれる。

 シルビア様は私からロシ―タちゃんを引き離し、私に浄化魔法をかけてくれた。

 涙で濡れた顔がサッパリして、鼻水も消えて楽になる。


「シルビア様……よかった……本当によかったです……」


 また涙が溢れてきてしまう。

 再び涙を舐めようとしてくれたロシ―タちゃんの首根っこをシルビア様が掴む。


「なにするんだー! ゆみぃが、なくから、ろしーたが、よしよししてあげなきゃいけないのにー!」

「いいから……私のそばにいなさい」


 ロシータちゃんが隙を見て逃げ出そうとするのを、シルビア様が渋い声を出して阻む。

 なんだかじゃれてるみたいだな。

 この二人は本当に仲良くなったのね。


 シルビア様が異空間から取り出したハンカチで、私の涙を優しく拭ってくれた。

 しばらくして泣き止んだお婆さんが、ゆっくりと立ち上がる。

 先ほどまでの頼りない様子とは違って、足取りがしっかりとしている。

 私はお婆さんの背中に手を添えて、立てかけられた杖を手に取る。


「あの……こちら、お使いになりますか?」


 背筋のピンと伸びたお婆さんには、もう杖が必要そうには見えなかった。


「ええ……孫からのプレゼントなので……ありがとうございます……」


 お婆さんは杖を受け取ると、見ているこちらまで嬉しくなるようないい笑顔をした。


 その笑顔を見ていると、私の胸の中でじんわりとした温かいものが湧き上げてくる。


 杖を受け取ったお婆さんは手提げの中からお金を出そうとする。


「僅かばかりですが……」


 シルビア様の手がお婆さんの手を押し止めた。


「薬は趣味で作っているものなので、お代は結構です。ただ、経過を診たいので、来月か再来月の都合のいい時にまたいらしてください」


 シルビア様の言葉にお婆さんも私も驚きを隠せなかった。


 こんなすごい薬が、無料なのっ……⁉

 どんなに探しても手に入らない薬のはずなのに……


「そんなっ……それでは私の気が済みません! どうか、どうかお礼をさせてください!」


 ワラビーの獣人のお婆さんは、もうお婆さんと言うのが失礼な年齢に見えた。


「では……私に支払ってくださるはずだったお金で、お孫さんたちと美味しいものを食べてください。あなたとお孫さんが元気でいてくれる事が、私にとって一番の報酬になりますから」


 お婆さんは何度かお金を払おうとしたけど、シルビア様はそれを固辞した。

 私とシルビア様はお婆さんの背中に手を添えて扉の外まで付き添う。

 お婆さんは何度も何度も振り返り頭を下げて、森へ入って行った。


「ばーちゃん、かえるみち、こっちだぞ。ろしーた、つれてってやる!」


 ロシータちゃんがピョンピョン飛び跳ねながら、森に入ったお婆さんの跡を追っていく。


「あの……シルビア様……」


 あのお婆さんに、何をされたんですか……?


 これは聞いていいのかな……

 でも、立ち入った事だし……


 聞くに聞けず、不思議そうな顔をしてる私を見てシルビア様が微笑む。


「薬師をしていると、ああやってたまに患者さんが来るんだ。この薬局を兼ねた診療所で、いつも診療をしてるんだよ」

「あの……お婆さん、来た時は背中が曲がっていたのに……帰る時には真っ直ぐでしたよね? シルビア様が何かされたんですか……? それに、あのお薬は……」


 私は勢いに任せて聞いてしまう。


 だ、だめだったかな?


 チラッとシルビア様の顔を見ると悪戯っぽく口の端を上げる。


「私が手助けしたのはほんの(わず)かだよ。お婆さん一人でお孫さん二人を育ててるんだから、少しくらい時魔法で若返っても誰も文句は言わないよね?」

「……え?」


 若返る……

 時魔法をかけて、その人の年齢を過去に戻したってことだよね?

 時間を止めた事といい、時間を巻き戻す事といい、色々信じられない……


(あのお婆さん、帰って鏡を見たらとてもびっくりするよね……)


 何も説明しなくて大丈夫なのかな。

 説明すると、逆に混乱しちゃうかな。

 それに、他の人たちに知られたら大ごとになりそうな……

 お孫さん達は、お婆さんだってわかってくれるわよね?

 近所の人はお婆さんの代わりに、ご親戚の人が来たって思うのかな?


「そして、この薬が毎日部屋に籠って研究している成果さ。他にも沢山の薬を研究しているんだ」


 シルビア様が異空間から取り出した薬瓶は、光に当てると不思議な色に煌めいた。


「……すごい……シ、シルビア様、すごいですっ‼」


 私が興奮して言うと、シルビア様は頬を赤くして、照れたように視線を逸らした。


「あ……ありがとう……診療所の中、もっと見てみる?」

「あ、は、はい!」


 シルビア様が診療所の扉を開けて私を迎え入れてくれた。

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