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第21話 診療

 あのベルは、このお客様の来訪を告げていたのね。

 腰の曲がったワラビー獣人のお婆さんを見て、ロシ―タちゃんがシルビア様の背中から飛び降りる。


 なんでもないようにシルビア様の背から飛び降りたロシータちゃんが、私は少し羨ましかった。

 私もいつか、シルビア様におんぶされたいな……なんて……


 自分の考えが子どもっぽくて恥ずかしくなる。

 シルビア様がお婆さんのところまで歩いていくと、緊張した面持ちのお婆さんは深々と頭を下げた。


「あ……あなた様が、高名な、時魔法使いの……シルビア様でいらっしゃいますか……?」


 ワラビー獣人のお婆さんの声は震えている。

 シルビア様は頷いて肯定した。


「高名かどうかは知りませんが、時魔法使いのシルビアと言ったら、私だと思います」


 シルビア様が告げるとお婆さんは泣き出した。


「ああ! やっと、やっとここまで来れた! 魔法使い様、どうか、どうか……私めをお助けいただけないでしょうか?」


 お婆さんは杖を下ろして地面に這いつくばろうとする。

 シルビア様がその手を取って、お婆さんを立たせた。


「私にひれ伏す必要はありません。どうなさったのか、中でお聞かせください」


 シルビア様がお婆さんを診療所に案内する。


 ロシ―タちゃんが張り切って診療所の扉を開けてくれる。

 初めて入る診療所の中は母屋と似た作りで、入って手前が待合室で奥が薬品の匂いがするから診察室のようだった。

 お婆さんは歩くのが大変そうなので、私は診察室の横にあった椅子を二脚持ってきて、入り口近くに用意する。

 お婆さんとゆっくり診療所に入って来たシルビア様が、私が用意した椅子を見て微笑む。


「ありがとう」

「い、いえ」


 お礼を言われるほどの事はしてないけど、このやり取りが嬉しい。


 お婆さんは椅子を見るとすぐに腰掛け、疲れたように息を吐いた。

 椅子を出しておいてよかったと思いつつ、かなり具合が悪そうなお婆さんが可哀そうになる。

 シルビア様はお婆さんの対面に座ると、お婆さんが気づかないうちに、さり気なく浄化魔法をかけていく。

 キラキラとした光が一瞬お婆さんを包み、全身の汗や足についた泥を落としてくれる。

 浄化されて疲れがだいぶ取れたのか、お婆さんが少しずつ話し出した。


「魔法師様……あなた様にお会いできるのを心待ちにしておりました。私は病にかかり、もう幾ばくも時間がありません……どんな医者にも見放された身ですが、あなた様の噂を聞いて、はるばる遠くの町から参りました……」


 ワラビー獣人のお婆さんは、すがりつくようにシルビア様の手を取る。


「それはご足労おかけしました。一体、どうなさったのですか?」


 シルビア様の漆黒の瞳はお婆さんを優しく見つめる。

 お婆さんはその瞳を見ると皺を深くして泣き出してしまう。


「私は……私は、魔力欠乏症なのです! そのせいで、私の足はっ!」


 お婆さんがスカ―トの裾を捲り上げると、棒のようになった左足があらわになる。


「魔力欠乏症の症状ですね……子どもの頃からですか?」


 シルビア様の問いにお婆さんは頷く。


(魔力欠乏症……)


 その病気の名前は聞いたことがあった。

 (ちまた)では、魔力失調症とも言われるみたい。


 まだ両親が生きていた頃、うちの近所に住んでいた羊の獣人のおばさんが、この病気で亡くなった。

 優しいおばさんで、私とルネによくお菓子をくれたから覚えてる。

 おばさんは病気にかかってからガリガリに痩せてしまい、亡くなった時は骨と皮だけになっていたと大人になってから近所の人に聞いた。


 魔力欠乏症の原因はよくわかっていなくて、その治療薬も存在していないって他のご近所さんが言っていた。

 だから魔力欠乏症にかかる人は魔力回復薬が手放せなくなる。

 おばさんもしょっちゅう魔力回復薬を飲んでいたっけ。

 高価な薬なので薬代が大変らしいけど、薬を飲み続けても人によってはあっという間に亡くなってしまう不治の病……

 体内の魔力が枯渇すると、病は生命力をも奪いやがては死に至る。

 おばさんが亡くなった後で、おばさんの息子さんがお礼に来て、私の両親がおばさんの薬代を助けていた事を知ったのよね……

 あの時両親をすごく誇らしく思ったっけ。

 あのことがあったから、息子さんは私とルネの両親が亡くなった時も色々手助けしてくれたのよね。

 色々思い出してしんみりしてしまう。


「お願いします、私は……まだ死ぬわけにはいかないのです! 私は……娘夫婦を亡くしましたが、今は娘夫婦の代わりに幼い孫二人を育てています! 私がいなくなったら、あの子たちは生きていけません!!」


 どうかお助けください、と呟いてお婆さんは肩を震わせながら泣き崩れた。


 その姿を見ていると、胸が苦しくてたまらなくなった。


 私は、このワラビーの獣人のお婆さんが助からない事を知っている。

 羊獣人のおばさんの息子さんが、魔力欠乏症には治療薬も治療法も無かったと……どんなに駆けずり回っても見つける事ができなかったと言うのを、私は聞いていた。

 ワラビー獣人のお婆さんは、子どもの頃からこの病にかかっていたにしては、長生きしてる方だと思う。

 何故なら、羊獣人のおばさんは、罹患してからすぐに亡くなってしまったから……


(……だけど、この人を助けてあげたい……助けてあげたいのにっ……!)


 どうする事もできない私は佇んで、横に立つロシ―タちゃんの手を握る。


 お婆さんが泣いている。

 私も泣きそうになって、口を固く結んだ。


(私が泣いては駄目だ……絶対に駄目だ)


 誰よりも苦しんでいるのは、本人なのだから……


 でも、涙が勝手に溢れて頬を伝う。

 お婆さんから目を上げたシルビア様が、静かに泣いている私を見て微笑んだ。


『大丈夫だよ』


 シルビア様の唇が微かに動いた気がした。

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