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第19話 新しい生活4

 屋敷の前の広場に暖かな日が射して、私達を包んでくれる。

 飛び跳ねるロシータちゃんを見て和んでいたけど、考えを巡らせているうちに、私は現実に引き戻される。


「あの、その、シルビア様……私たちが、住まわせていただけるとしても……お返しできるものがありません」


 私はロシータちゃんを引き寄せて、その頭を撫でる。


 シルビア様に助けていただいたことだけでも有難いのに、生活の面倒をみてもらうわけにはいかないわ……

 お金を稼ぐ伝手が無い私は、シルビア様に謝礼と生活費を出すことができない。

 もし、ここに住めない時は、ロシータちゃんを連れて実家に帰ろう。

 ルネに頼み込めば何とか……なるかなぁ……


 私はちょっと寂しくなって、ロシータちゃんの頭をギュッと抱きしめる。


「ゆみぃ、どうしたー?」


 ロシータちゃんが大きな瞳で、上目遣いに私を見つめている。


 シルビア様は私の考えを読み取ったようで、ふっと優しく息を漏らした。


「君たちから何かもらおうとは思っていないよ……ここに居る間は、何の心配もしなくてもいい。衣食住は無料だし、ある物は全て自由に使って構わないよ」


 シルビア様はそう言ってロシータちゃんの頬っぺたにくっついていたパンくずを指で拭き取る。

 ロシータちゃんがくすぐったそうな顔をして笑った。

 シルビア様がロシータちゃんから私へと視線を移す。

 吸い込まれそうな夜の色をした瞳に私が映っていた。


「ここにいてくれるだけで、いいんだ」


 シルビア様の瞳に引力を感じる。

 じっと見つめて何も考えられなくなり、ロシータちゃんの「ゆみぃー?」という声でやっと正気に戻る。


「で、でも、それでは私の気がおさまりません……」


 シルビア様の瞳を見つめていると胸が苦しくなる感じがして、慌てて目を逸らす。


「ふぅん……では、少し家の事をしてもらえるかな……? 料理とか」


 料理? そういえば、料理が苦手って言ってたっけ。

 料理をするだけで、置いてくれるってことかな?


 懐が深いシルビア様の言葉に呆気に取られる。

 弟のルネだったら、いきなり他人が一緒に住むのなんて絶対に許さないと思う。


「料理……あのっ、本当に、そんなことでいいんですか?」


「うん」と頷いたシルビア様に、入口の扉横にある、ベンチと収納を兼ねている木箱まで案内される。


「これが、保存箱(アイテムボックス)だよ。ここにアリアが持ってきてくれた食料品が入っている。家の中の保存箱と空間を共有してるから、食材が手に入ったらここに入れるといいよ。中は時間が止まってる異空間だから、いくらでも物が入るんだ」

「えっ……ええっ……?」

「いくうかん、って、なんだー?」


 保存箱と呼ばれる箱を見るのは初めてで、ロシータちゃんと一緒に興味深々で中を覗き込んでしまう。

 箱の蓋はぱかっと簡単に開ける事ができたけど、中身は見えない。

 中に手を入れてみると、何もない空間から手が勝手に食材を掴んでいた。


 なに、この魔道具! う、羨ましい!


「すっ……すごい魔道具があるんですね……」


 食材を手放すと、保存箱の中に勝手に吸い込まれていく。

 私の言葉にシルビア様は少し嬉しそうな顔をした。


「うん。父様が作ったんだ。改良したのは兄様」

「お父様が作られたんですか? お兄様も魔道具を? シルビア様も?」

「……うん。作れるけど、私が魔道具作りより好きなのは、薬作りと時魔法だよ」

「時魔法……」


 私たちを助けてくれた魔法……時間を止めてくれたとてつもない魔法……

 そのお陰で逃げることができたけど、凄すぎて未だに実感できない。


 ロシ―タちゃんが、保存箱からオレンジを一つ失敬して皮ごと美味しそうに齧っている。

 顔をオレンジの汁で汚したロシータちゃんが、驚いて佇んでいる私の袖を引っ張った。

 指さす方には一見何の変哲もない井戸とポンプがある。


「このいど、なんかちがうぞ!」


 ロシ―タちゃんが井戸のポンプを一回軽く漕ぐと、井戸水が止まることなく出てくる。


「漕ぎ続けなくてもずっと水が出るんですか?」

「うん。ポンプの部分が魔道具になっていて、手をかざすだけで水が出るよ。継続的な力は必要ないんだ。止めたいときはもう一度ポンプを漕ぐか、『止まれ』って言えば止まるよ」

「おおっ♪」


 シルビア様の声に反応して、ポンプから水が止まる。

 ロシ―タちゃんの頬はほんのりと赤くなり、好奇心の塊のように目をキラキラさせている。


 珍しいものを見たら、誰だってそうなるよね。

 いいなぁ。うちの井戸のポンプは水を出す時、漕ぎ続けなきゃならないから、水を出しながらの洗い物はできないのよね。

 このルビスティア王国のほとんどの家庭がそうだと思うけれど、こういった便利な魔道具があったんだ……


「洗濯はほとんど浄化魔法でできるけど、ちょっと洗い物をしたい時なんか、この井戸を自由に使っていいからね。もちろん、飲み水としても利用できるよ」

「は、はい」

「ん♪ みず、おいしーなー」


 ロシータちゃんが長い舌を伸ばして、ポンプから直接チロチロと水を飲んでいる。

 井戸の近くの木にロ―プが渡され、シルビア様の黒いロ―ブやタオルが干されていた。


 下着は中に干しているのかな?


「今日は、アリアが洗濯してくれたんだ。私は浄化魔法や魔道具でしか洗濯しないから、干す必要もないけど、アリアは手洗いが好きだから、彼女が来た日は洗濯物からお日様の匂いがするんだ」

「へえ……」


 私もここで生活したら、多分手洗いになるだろうな。

 浄化魔法は便利だけれど、使う度にシルビア様を呼ぶのは気が引ける。

 もともと家事全般好きだから洗濯するのは嫌じゃない。


 って、あれ……? 

 すっかり生活する気になっているけど、これでいいのかな……?


 屋敷の全面周辺は広く平地になっていて、屋敷の左側の林の横には小さな泉があった。

 その木の陰に向かって歩いていくシルビア様の後を、私とロシータちゃんがついていく。


「ろしーた、おひるねするー♪」


 ロシータちゃんは木陰を気に入ったみたいで、木の側にごろんと横になった。

 大きな欠伸をした後、すぐにスウスウと寝息が聞こえてくる。


「ユミィも一緒にどう?」

「え? あ、お昼寝ですか?」

「ううん。こっち」


 シルビア様は木陰を突っ切って、小さな泉の前で足を止めた。

 泉の前でシルビア様は詰襟の(ボタン)を外しはじめる。


 え?


 一つ一つ(ボタン)が外されて、こちらに背を向けたシルビア様の真っ白な肩が現れる。


「一緒に、入る?」


 黒髪がしなやかな肢体を隠してしまっているのが残念に思うほど、ちらりと振り返ったシルビア様は絵画のように美しい。


 私はわけもわからず首をふる。


 え? な、なな……何が起こってるの?


 ソプラヴェステの下は……下着が……無い……⁉

 シ、シルビア様って……下着、着けないの⁇

 と、とと……というか、な、何故、今、服をっ……⁉


 ものすごく混乱している私をよそに、裸になったシルビア様はザブザブと泉に入っていってしまう。


 こ……行動が全く読めない……


 私は居たたまれなくなって背を向ける。

 なんとなく見てはいけないような気がした。


 シルビア様の白磁のような肌に、艶めいて張り付く黒髪。

 形の良い胸に美しい曲線を描く腰から腿。

 それらが脳裏に焼き付いて離れない。


 ななな、なんでこんなにドキドキするのよっ⁉


 恥ずかしくなって木の陰に座り込むと、眠っているロシ―タちゃんがゴロゴロと転がってきて私の膝の上に頭を載せた。


「ロ……ロシータちゃん……」


 ロシ―タちゃんが寝てなければ、部屋に戻れるのに……

 起こしてしまおうか……でも、疲れているから悪いよね……


 驚くほどマイペースなロシータちゃんは、すうすうと寝息を立てている。


(私……どうすればいいんだろう……?)


 ちゃぷちゃぷと水音がする度に心臓が跳ねる。

 シルビア様の透き通るような肌に、水がかかって流れていく様子が目に浮かぶ。


(闇オークションで競売にかけられた時より緊張しているのは……何故?)


 今すぐこの場から逃げ出したいのに……

 ……だけど、ずっと側にいたいような気もする……


 矛盾した気持ちが湧き上がってきて、私の頭はますます混乱した。


「ユミィ」

「はっ、はいぃぃぃっっ⁉」


 裏返った声で返事をするとクスクス笑う声が聞こえる。


「時間がある時、この泉で禊ぎをするのが習慣なんだ……一緒に入らない?」

「いっ……いっ、いえ、け、結構……ですっ!」


(そういうことは早く言ってほしいよ……心臓に悪すぎるわ……)


 きっと、私の顔は真っ赤になっていると思う。


(なんで……どうして……こんなに……)


 鼓動が激しくなるのっ……⁉


 ぼんやりしていると、シルビア様が水から上がる音がした。

 体を拭きもしないで服を着たシルビア様が私の方に来る。


「あの……風邪……ひきますよ……」


 シルビア様の黒髪から水が滴り落ちる。

 雨に濡れたようなシルビア様からは、無垢な透明感が漂っていた。


「うん。寒かった。でも大丈夫。今乾かす」


 シルビア様が暖かな魔法の風に包まれる。

 一瞬で濡れそぼった髪が乾いて、清らかな彼女が微笑んだ。


「今度は、一緒に入ろうね?」


 ぶんぶんと首を振る私を笑いながら、シルビア様は屋敷の中に入って行った。


 ……心臓がまだドキドキしてるわ……

 なんなんだろう、一体……


「ふぁ~!」と欠伸をして、ロシ―タちゃんが目を覚ました。


「ん? ゆみぃ、おかお、まっかだぞー? どうしたんだー?」


 ロシータちゃんが私の頬っぺたをツンツンとつつく。


「いっ……あっ、べっ、別に、なっ、なんでもない、のよ。そ、そう、なんでもないの……」


 何でもないことだと自分に言い聞かせる。


 そうしないと、シルビア様の真っ白な素肌が頭に浮かんでしまう――


(考えちゃ駄目よっ……考えちゃっ……)


 私は何度も息を大きく吸って呼吸を整える。

 不思議そうなロシ―タちゃんの手を引いて、私も屋敷の中に入った。


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