第1話 夢の中で ☆
この度連載を開始するにあたって発表する場を与えていただいた事に感謝いたします。
友人と一緒に作品を作り上げていけることを、たいへん嬉しく思います。
拙作を読んでいただいた皆様、検索してくださった皆様、本当にありがとうございます。
本作品は同性同士の愛が常態として受容される世界を描くものです。
違和感、不快感を感じる方はブラウザバックをお願いいたします。
温かい気持ちで大らかに作品を見守っていただけると幸いです。
『ずっと、一緒にいようね』
はにかんだ笑顔で小指を差し出すのは、長い黒髪が綺麗な七歳くらいの女の子。
『はい! ずっと一緒です!』
何故か敬語で話してる獣人の女の子は、五歳の時のわたしだ。
白詰草で編んだ花冠をお互いの頭に載せた子供たちは差し出した小指を絡め合う。
その途端に空から真っ白い不思議な花弁が二人を祝福する様に舞い落ちてくる。
これは……夢? ……そうだ……あの時の夢だ。
奥深い見知らぬ森の中。獣人のわたしと仲良く寄り添っているのは、人間の女の子だった。
でも、あの時って……?
よく思い出したいのに、霞がかかったようにあの子の姿は見えない。
ぼんやりとした世界の中で、小指だけにあの子の温もりを感じる。
あたたかい……大好き……
もっとこの温もりを感じていたい。
そう思ったから、ずっと一緒にいようって約束したんだわ……
指を絡めるわたしたちを、突然聞こえてきた魔物の声が引き裂いた。
魔力が高い子供は、魔物に狙われやすい。
だから、魔物の気配がしたらすぐに逃げるようにいつも言い聞かされていたのに……
白狼のわたしはもちろんだけど、両親が魔法を使えるというこの子も魔物に狙われやすい。
楽しく遊ぶうちに、いつの間にかそのことを忘れていた……
草むらから現れたのは、狂暴そうな魔鬼だった。
二メ―ルテ(メ―トル)ほどの魔物は大きな口から涎を垂らして、こちらに迫ってくる。
なんて大きい魔物……
その暴力的な威圧感で、全身がゾクリと震える。
わたしは怖くて声を出すことができなかった。
動けずただ座り込んだわたしの前に影が差す。わたしを背に庇ったあの子が、魔物と対峙する。
『早く! 逃げて!』
わたしを逃がそうとしてくれている――
背を向けているから顔が見えないけど、あの子の震えている膝からその気持ちが伝わってくる。
自分だって怖いのに――
狂暴な魔物はあの子に狙いを定め、勢いよく飛びかかってくる。
まって! だめっ‼
その瞬間、わたしは渾身の力を込めて魔物に体当たりした。
不意をつかれた魔物は倒れ込んで、体当たりしてきたわたしを睨みつける。
あの子か、わたしか、どちらを先に食べようか悩んでいるような顔で……
魔物への恐怖であの子は静かに涙を流していた。
魔物の筋骨隆々で鋼のような体……とても強そうに見えるけど、このままじゃあの子を傷つけられるだけだ!
体よ、強くなって……!
子供のわたしが唯一使える、とても得意な魔法。
身体強化の魔法をかけると、全身に力がみなぎってくる。
魔法のキラキラとした赤い光に包まれるわたしを、あの子が見ている。
目が合うと、励ますようにわたしは微笑んだ。
大丈夫。わたしがあなたを守りますから!
あなたが、わたしに、勇気をくれたから――
渾身の力を込めて地面を蹴り、魔物にぶつかっていく。
この方向から体当たりすれば、もしかしたら――
ぶつかると同時に魔物に体を掴まれ、掴み返して、わたしは魔鬼を投げ飛ばした。
使い慣れた身体強化の魔法は、わたしの体を鞭のようにしならせ剛力にしてくれる。
子どもとは思えない凄まじい力を出すわたしに、魔鬼は驚愕するように咆哮した。
やがて戸惑いは憎しみに変わって、なにがなんでもわたしを殺そうという残忍な顔になる。
そうだよ、わたしだけ狙って――
魔物の体とわたしの体が代わる代わる地面に打ち付けられて、坂道を転がっていく。
坂道の先は切り立った断崖になっていて、谷底には河が流れている。
転がりながら更に身体強化を強くしていく。
わたしが力いっぱい魔鬼を投げ飛ばすと、魔鬼にぶつかった木がメキメキという大きな音をたて倒れた。
その力は五歳児ではあり得ないものだった。
辺りは滅茶苦茶で、地面には軽くヒビが入り、魔鬼は折れた木ごと崖下に転がりながら落ちて行った。
すんでのところで止まったわたしは、大きく肩を動かし息を吐いた。ああ、よかった……
わたしは勝ったんだ――
崖の上で仰向けになって空を見上げる。
もう一歩も動けない程、力を使い果たしていた。
『白狼って、このことだったんだ……』
父さんと母さんが教えてくれた事――
わたしと弟のルネは伝説の生き物の末裔だから、本当はすごく強いんだよって言ってたっけ……
大切な人を守る為に、力を出せた事がすごく嬉しい。
あの子が泣きながらわたしの名前を呼んで駆けてくる。
『大丈夫です! 今い――』
応えようと起き上がったわたしの左足を、崖から這い上がってきた魔物が掴んでいた。
その凄まじい力で背筋に冷や汗が滲む。
油断したことを後悔して必死に手を振りほどこうとする。
足に食い込んだ鋭い爪は、どうやっても離すことができなかった。
あの子がわたしにしがみつく魔物を見て悲鳴を上げる。
このままじゃ、あの子を守れない――
考える間もなく、崖上に頭だけ出した魔鬼を掴んで、地面を全力で蹴った。
そして、今度こそ一緒に崖下に落ちて行く。
魔物が谷底へ落ちる恐怖で、鈍いうなり声を上げる。
自分が死ぬ事がわかるのね……
この高さから落ちて、死なない方がおかしい。
それはわたしも同じことだ。
だけど、わたしには身を守る為の身体強化の魔法がある――
そのはず……なのに……
かけたはずの魔法は、何故か発動しなくて。
なんで……? どうして……?
魔物と一緒に崖腹に打ち付けられながら、わたしは死へと向かって行く。
凄まじい速度で落ちているはずなのに、何故か周囲の景色がゆっくりと見えた。
崖の上から顔を出したあの子の表情――
真っ青な顔で泣きながらわたしの名前を叫んでいる。
泣かないで……あなたの笑ってる顔が好きなの……
崖腹に打ち付けられたわたしの小さな体はボロボロになっていく。
擦り切れた全身から血が噴き出して、骨が何本も折れる音が聞こえる。
全身が燃える様に熱くて痛い。
遠のく意識の中で、わたしは自分が助からない事を理解した。
いつの間にか魔物の手は離れていて、魔物の姿を見失ってしまっている。
河の中に落ちる瞬間、あの子がわたしを呼ぶ声が聞こえる。
わたしの大好きな声――
できることなら生まれ変わって、またあなたに会いたいな……
あなたが、助かってよかった――シ――
「おい! 起きろ! ユミィ!」
「ギャウンッ!」
とび起きると、見慣れた弟の顔が真上にあって。
……夢……?
こぢんまりとした部屋の中に、朝の光が差し込んでいた。
体中に汗をかいて、心臓がバクバクいっている。
久しぶりに見た夢の中で、誰かがわたしの名を呼んでいた。