第18話 新しい生活3
シルビア様にご飯を与えつつも、私も沢山食べる事ができた。
お腹が満たされると体が温まって、幸せな気持ちになる。
食後、ロシータちゃんと一緒に炊事場までお皿を持って行くと、シルビア様が浄化魔法で一瞬にしてお皿を綺麗にしてくれた。
キラキラした水色の光がお皿を包むと、汚れなど最初から無かったかのように綺麗になった。
「魔法って、本当に便利ですね」
魔法の便利さに私は感心してしまう。
生活魔法が使えると、家事に取られる時間が短くなるのね。
綺麗になったお皿がフワフワと浮いて戸棚にしまわれていくのを、ロシータちゃんが行ったり来たりしながら、楽しそうに追いかけていた。
「うん。魔法がない世界だったら生きていけない」
「え? そうですか?」
「ん」と真剣な表情でシルビア様が頷いた。
魔法を使える人は、魔法が使い慣れた道具のようになるのかもしれないな。
「私は魔法が使えないから、魔法が無い不便さがまだよくわかりません。家ではいつもお皿は手洗いだったので……家では……あっ、ルネ!」
ルネに連絡していないことに気づいて慌てる。
「あ、あの……私、弟と二人暮らしをしてるので、無事だって伝えないと心配してると思うんです。だから、家に帰らないと……」
採取に行ったまま捕まってしまったので、今頃ルネは帰ってこない私を探しているかもしれない。
ルネ、心配してるよね……いや、してないかな……?
最近反抗期のような気がするのよね……怒ってたりして……
昨日はすっかり疲れてしまって、ルネに連絡することまで気が回らなかった。
私の「帰らないと」という言葉に、シルビア様が眉根を寄せて少し不機嫌そうになる。
「二人暮らし? ご両親は?」
「えっと、5年前に亡くなりました……」
シルビア様が真顔になって、「そうか……遅かったか……」と小さな声で呟いた。
「あの……どうかされました?」
シルビア様は何か思案してるようだった。
「……いや、すまない……伝言鳥を出して弟君にユミィの無事を知らせよう……だから、ユミィは帰らなくてもいいよね」
「……え?」
シルビア様が私に微笑みかける。
「ユミィは、帰らない。少なくともひと月はここにいるよね?」
「ええっ⁉」
なんでそんな話になっているんだろう?
私にとっては奴隷商人に捕まって競売にかけられたことは一大事だったから、家族に伝えたいんだけど……
シルビア様にとっては取るに足らない事なのかな?
シルビア様に促されて3人で屋敷の外に出ると、シルビア様が左の手のひらを上向きにし、息を吹きかける。
息は優美な烏の形になり、私の肩に飛んできてとまった。
この世界の伝達手段は主に魔力持ちが飛ばしてくれる伝言鳥だ。
伝言鳥は魔力が鳥の形になったもので、声を吹き込めばそのまま相手の元に飛んでいく。
伝報なんて言ったりもするよね。
他にも手紙を運ぶ伝言鳥もいて、手紙を持たせる方法もあるけど、物を持たせると魔力の消費量が多くなってしまうらしい。
だから、手紙やちょっとした荷物なら伝言鳥ではなく、魔力で飼いならした本物の鳥を使う場合が多い。
街には魔力無しの人の為に、伝言屋という職業もあった。
シルビア様が出してくれた伝言鳥は光の加減で角度によって七色に見える優美な漆黒の烏だ。
なんだかシルビア様に似ているなと思って、微笑ましくなる。
シルビア様が出してくれた魔力で作った伝言鳥に、声を吹き込む。
伝言鳥はルネが使っているのをたまに見るくらいだったから、初めて使う伝言鳥に少しドキドキする。
『ルネ……? ユ、ユミィです。突然いなくなって、ごめんね。色々あって、今、薬師のシルビア様のところに滞在しています。こちらは元気に過ごしているので、心配しないでね。落ち着いたら帰ります』
私の声が手のひらほどの大きさの魔力の鳥の中に入り、七色に光る。鳥は目標を定めると一声鳴いて晴れた朝の空に飛び立った。
「ユミィは、帰らないよ。ずっと、ここにいるよ」
「シルビア様?」
「……」
悲しそうな、不安そうな顔をしたシルビア様が気になる。
一体どうしたんだろう?
「ロシータも、伝言鳥を送るかい?」
「んっ! ろしーたも、やるー♪」
シルビア様がロシータちゃんに伝言鳥を出してあげると、ロシータちゃんが大声で伝言鳥に向かって叫んだ。
「ぱぱうえー! ままうえー! ろしーた、げんきだぞー!」
ロシータちゃんは飛び去る伝言鳥を満足気に見つめている。
ん? 伝言が短いんじゃないかな?
「ロシータちゃん、親御さんに迎えに来てと連絡しなくてもいいのかな?」
ロシータちゃんのご両親、心配してるよね……もう一度、シルビア様に伝言鳥を出してもらった方がいいのでは……?
「かえるいえ、ない。ろしーた、ぼうけんしゃだ。ふだんは、どこかの、くらん、で、せいかつしたり、のじゅくしたり、してるぞ」
(クランって、冒険者たちが魔物と戦う時に組む団体の事……って、前にルネが言ってたっけ……)
クランはパ―ティ―よりも大人数で、主に長期的な依頼を達成する時に組まれるらしい。
ギルドで組まれるクランもあれば、冒険者同士で自由にクランを組む時もあるんだっけ。
クランの絆が固ければ、冒険者たちはそのまま継続してそのクランに居続け、気に入らなければ別のクランに移るのが普通だって聞いたけど……
ルネから色々冒険者の話を聞いて、本当に大変な仕事だなって思ったのよね。
こんな小さな子が危険な冒険者をしてるなんて、何か事情があるのかな?
それに、帰る家がないって……?
「ロシ―タちゃん、ご家族は? ロシータちゃんが冒険者をしてるって知ってるの?」
「ぱぱうえと、ままうえも、しってるぞ! ぱぱうえ、ままうえ、みんな、げんきで、べつのとこで、くらしてるぞ。ろしーた、もう、おとなだから、ぼうけんしゃになってひとりでいきてるんだぞ! 」
ロシータちゃんは胸を張って自慢そうに言った。
自分のことを大人って……強がって言ってるわけじゃなさそうだけど……
親御さんはロシータちゃんが冒険者をしてることを知っているのね。
私にはわからないけれど、早いうちから子供に自立を促すご家庭なのか、もしかしたら、定住地を持たない流浪の民なのかもしれないな。
憶測で色々考えるのはよくないけど、ロシータちゃんに根掘り葉掘り聞くのも、ロシータちゃんを傷つけてしまいそうで悪い気がする。
「それなら、ロシータもここで暮らすといいよ。部屋は沢山あるし、足りなくなったら拡張魔法で増やせるから、いくら人数が増えても大丈夫だよ」
シルビア様がサラリと衝撃的なことを言った。
「えっ? いっ、家の中、魔法で広くなっているんですか?」
「うん、そうだよ。屋敷の外観と中身があってないでしょう?」
外観はこぢんまりとしているのに、中は貴族の屋敷のように広い気がしたのは、魔法を使っていたからなんだ……
シルビア様の申し出を聞いてロシ―タちゃんの顔が輝く。
「ろしーた、いっしょにすんでもいいのかー?」
「いいよ。君がここに居たいのならね」
ロシータちゃんは驚いたような、何か不思議なものを見るような目でシルビア様を見ていたけど、やがて嬉しそうに飛び跳ねた。
「やったー!」
そうよね。気持ち、わかるよ。
昨日会ったばかりの獣人二人を自分の家に住まわせるなんて、普通ではあり得ないことよね。
ピョンピョンと飛び跳ねるロシータちゃんを見て、私も温かい気持ちになっていた。