第16話 新しい生活 ☆
朝の光が優しく部屋を包んで、どこからか小鳥の声が聞こえてくる。
うっすらと目を開けると、窓から入る光が誰かによって遮られた。
「おはよう、よく眠れた?」
「……え?」
寝台の上で目覚めると、いつの間にかそばにいた可愛らしい少女が微笑む。
肩口までのウェーブがかった淡紅色の髪に、同じ色の大きな瞳。
小柄で童顔な少女は、シルビア様より少し年下に見える。
少女は、編み込みの入った丈の短いハイネックのワンピースを身につけていた。
肩と背中の部分は大胆に開いて肩甲骨が見えている。
膝上から踝までの長くて白いソックスはダブッとしていて温かそうで、厚底の見慣れない形の濃いピンク色の革靴がとても似合っていた。
私は驚きながらも、このとても個性的な少女に挨拶する。
「お、おはようございます、あの……?」
「驚かせてごめんなさい。ノックしても返事がなかったから、勝手に入っちゃった。私はアリア。シルビアの妹よ。よろしくね」
「ユ、ユミィです。よろしくお願いします」
アリアさんの小気味よい話し方から、明るくてはっきりした印象を受ける。
(ま、まったく似ていない!)
私とルネも全然似てない姉弟だけど、シルビア様とアリアさんも全然似てない。
もしかして、血のつながった姉妹じゃないのかな……?
……なんて、踏み込んだ事を詮索しようとしてしまった……だめだめ……
「朝ごはん、できてるから食べてね。あとこれ、着替え。水場もクローゼットも、家のものは何でも自由に使ってね。もう一人の子は起きてるから、ユミィちゃんは身支度が終わったら、隣の部屋にいる姉さんを起こしてきてくれる?」
アリアさんはすごく人好きのする顔で笑う。
「は、はい!」
アリアさんに言われたことを、頭の中で処理しながら慌てて返事をする。
学校に通っていた時も、こういう子いたなぁ……
クラスのまとめ役というか、委員長って言葉が合ってるかな?
頼りになる姉御肌なのよね。
「それと、私と姉さんは本当の姉妹よ」
一瞬固まる私に悪戯っぽく微笑んで、アリアさんは部屋から出て行く。
(え? なに……? 心が読めるの? ……偶然よね?)
そんなわけないか。
ぶんぶんと首を振って、アリアさんの用意してくれた生成り色のワンピ―スに着替える。
偶然にも前に着ていたワンピースと同じ形で、少し嬉しくなった。
きっと、昨日から不思議な事が起こって、私はまだ混乱してるんだろうな……
着替えを済ませると部屋を出て隣の部屋のドアをノックした。
……返事がないなぁ。
私がいた部屋が一番奥だったから、隣の部屋ってここよね?
静かにドアを開けると、私のいた部屋と同じ作りの室内にシルビア様がいた。
柔らかな朝の光を受けながら、寝台でスヤスヤと眠っている。
真っ白な寝着に包まれて、上掛けを抱きしめながら眠るシルビア様は……なんていうか……その……ひどく、しどけない……
シルビア様の美しさは、例えるなら、少女から大人の女性になる間の、開ききってない花の蕾のようだった。
触れてはいけないのに、思わず触れてしまいたくなるような……
シルビア様のあまりの美しさと艶やかさに、私は驚いて固まってしまう。
「んぅ……」
シルビア様が吐息を漏らす。
身じろぎした彼女の寝着から真っ白な脚がのぞいた。
(な、何なの……この色気は?)
思わずゴクリと唾を飲み込む。
雪のように白い太ももを撫でたくなるのをこらえる。
(どうして……こんなこと思うんだろ……)
彼女から目を離せない。
「シ……シルビア様、シルビア様!」
さ、触ってもいいのかしら?
もう一度声をかけても反応がない。
そっと肩に触れると女性らしい柔らかさを感じる。
彼女に触れられるのが、何故かとても嬉しかった。
「シ、シルビア様、朝です……起きてください!」
「……」
「シルビア様、シルビア様!」
「……」
……だめだ。ピクリともしない。
しかし、本当にびっくりするほど整った顔をしているなぁ……
濡れ羽色の美しい髪が、抜けるように白い肌を際立たせている。
目を閉じているからまつ毛がとても長いことがわかる。
すっと通った鼻梁に、薄い唇は桜色をしている。
息をする度に胸が動くのを見て、彼女が作り物ではなく確かに生きていると認識して、不思議な気持ちになる。
(こんなに綺麗な人が存在するなんて、信じられない……)
私、昨日……この人に助けられたのよね?
いっ、色々されたのよね……
思い出すと顔が熱くなってくる。
自分のことなのに、まるで現実感がなかった。
この人は、一体何を考えているの?
どうして、私たちを助けてくれたの?
何でこんなに……無防備なの?
(それに、彼女を見てると……なんとなく懐かしくなるのは……何故?)
じっと見ようと顔を近づけると、とてもいい匂いがする。
ずっと嗅いでいたくなるような、甘くて……胸の中をかき乱される匂い――
「……シルビア――」
蜜のような香りに引き寄せられ、シルビア様に顔を近づける。
(あっ……)
(だめ……体……勝手に、動いて――)
――その桜色の唇を食んでしまいたい――
ぱちっ。
シルビア様の目が開いた。
一瞬、我を忘れていた事に驚き、私は慌てて飛びのいた。
(わっ、私は……一体、何をしていたのっ⁉)
鼓動が激しくなって、息苦しい。
シルビア様は無表情で一点を見つめていた。
(お……怒った?)
心配になり反応を待っていると、シルビア様の目が私を捉え、その顔にニコーっと笑みが広がる。
花の蕾がほころんだような笑顔が、空間を一気に華やかにする。
私に満面の笑みをくれたシルビア様は、再び目を閉じて眠り始めた。
「……」
心臓がキューッとして、思わず胸を押さえる。
(……なんで……急に笑ったの……?)
……一瞬、心臓が止まってしまうかと思った……
起きたんじゃ、ない……の? ……もしかして、寝ぼけているのかな……?
そんなことどうだっていい。
(シルビア様って……シルビア様って……)
笑うと……こんなに可愛いんだ……
すごく……すごーく……可愛い。
ちょっと言葉にできないくらい、胸の中に愛おしさが込み上げてきて戸惑ってしまう。
ショックを受けてそのままシルビア様を見つめていると、ノックの音が響いてアリアさんが部屋に入ってきた。
「姉さん、まだ寝てるのっ! シルビア、起きて! 朝ごはん冷めちゃうわよっ! 私、すぐ行かなきゃいけないんだから」
アリアさんはシルビア様をゆっさゆっさと容赦なく揺り動かす。
それでもシルビア様は起きなかった。
「アリアさん……その……い、行っちゃうんですか?」
問いかける私に申し訳なさそうな顔をして、アリアさんはシルビア様を揺り動かす手を止める。
「ごめんなさい、今日は用事があってね。ここには姉さんに頼まれて、たまに家事をしに来るだけなのよ」
「そ、そうだったんですか……」
てっきりアリアさんも一緒に住んでるのかと思っていた。
「姉さんが起きたら『しばらく来れないからちゃんと自分の事は自分でしなさい!』って言ってたって伝えてもらえる? ユミィちゃんたちはゆっくり食事してね」
「あ……は、はい……ありがとうございます」
「じゃあね!」と言ってアリアさんは颯爽と部屋を出て行く。
私は相づちさえ打てずにポカンとしていた。
(疾風みたいな人だな……)
テキパキしたアリアさんをちょっと尊敬してしまう。
私も見習わなくっちゃ。
シルビア様を、起こせるかな……
「シルビア様……」
昨日、沢山魔力を使ったから、疲れているのかな?
それとも、朝はいつもこんな感じなの?
しどけないシルビア様を見ていると、また頭がクラクラしてくる。
甘い痺れが脳の神経をどうにかしちゃったみたいに感じる。
(だめだ! な、何を考えてるの……⁉ 変な事をしちゃう前に、はやく部屋を出よう……)
私はシルビア様を起こす事を諦め、彼女に上掛けをかけ直すと逃げるように部屋を出た。