第13話 時魔法師2
理解しきれない私は混乱してしまう。
「は……? なっ……どっ、どういう事ですか……っ⁇」
一体、何が起こっているの……?
こうして時間が止まっているだけでも不思議なのに、彼女は一体何をしたの……?
私の問いかけに彼女は気だるそうな顔をしながらも、丁寧に答えてくれる。
「競り落とされた獣人たちの魂は、競り落とした人間の子の体に入る。競り落とした人間の子の魂は、競り落とされた獣人の体に入る……魂の交換とでも言おうか。ここまではいい?」
「……は……い……?」
……全然、よくない……理解が追いつかない……
魂を入れ替えるなんて、そんなべらぼうな魔法聞いた事もない。
こんなに大勢の獣人と人間の魂を、少し呪文を呟いただけで入れ替えたっていうの……?
(私……夢を見てるんじゃないわよね……?)
この人は……一体、何者なんだろう?
「そこで問題です。落ち着いて、ゆっくり考えてみて」
「え……?」
突然、彼女に質問を投げかけられた。
もしかして、私の理解力に合わせようとしてくれている、のかな?
話の腰を折らないようにしなくちゃ……
「人の子の親は、自分の子が獣人と入れ替わった事に、気づくでしょうか?」
「き、気づくんじゃないですか? ぜ、絶対に気づきます!」
気づくはずよね? ……違うの?
彼女は軽く首を振った。
「……君は、とてもいい親御さんに育てられたようだね。正解……と言いたいけど、残念と言うほかない。競り落とされた獣人たちは、当初の予定通りの扱いを受けるよ」
当初の予定……司会が私達を紹介していた口上を思い出す。
背筋に冷たいものが走った。
「それって……」
(この残忍な商人の子供たちが、私達の代わりになる……ってことよね……?)
私達獣人が虐げられるのは絶対に嫌だけど……
人間の子が同じ目に遭うのも、良い気分はしなかった。
「だ……だって、そうだとしても、入れ替わった獣人や子供の様子で気づいたり……」
弱虫な私が前に出てきて、自分達の代わりに誰かの血が流れるという事を否定したがる。
「君は、虐げられるはずの自分と、虐げる側の子が入れ替わってしまったら、どうする? その親にわざわざ入れ替わった事実を教えるかい?」
「そ……それは……言わない……言えないと思います……」
私が商人の子の体と入れ替わったとしたら、そんな光景を見せられても恐怖と混乱で何も話せないと思う……
目の前で自分の体だったものが虐げられていても、多分、何もできない。
「そうだよ、言わないんだ……みんなね。……だから、人間の親は虐げている獣人の体にある魂が、自分の子のものだなんてわからない……わからないまま、殺してしまう。私はね、これまで何度も人間と獣人の魂を入れ替えているよ。だけど、嗜虐の為に獣人を買った人間は不思議と、自分の子が入れ替わった事に気づかない」
彼女の言葉を聞いて何故か悲しくなる。
他に方法は浮かばないのに、頭のどこかで他の方法を探してしまい苦しくなる。
「雰囲気や……仕草で、わからないんですかっ……?」
私の言葉に彼女はゆっくりと首を振った。
「彼らが自分の子に求めるのは自分のコピ―になる事だけだ。だから、子を愛してもいない。彼らが本当に子を愛しているのなら、魂の交換に気づかないわけがない。彼らは自分の手で、自分の子を殺めてしまうんだよ」
にっこり笑った彼女は闇の精霊のようで、背筋がゾッと寒くなる。
「……それって……」
(なんて……残酷なの……)
感情が昂って私の目から涙が一筋流れた。
彼女の細い指が私の涙をそっと拭ってくれる。
震える私の頭を撫でてくれる手からは、優しさを感じるのに。
「君は、本当に優しいね。自分をどうにかしようとしていた人間たちだよ? ここにいる子供たちだって、もう何人もの獣人を玩具にして殺めているはずだ」
「……そんなっ……!」
こんな子供たちが、既に獣人を殺めているなんて……
彼女は赤子を宥めるように、私に穏やかに語りかける。
「監禁されている獣人たちをこのまま逃がしても、悪どい人間はまた捕まえて売買を繰り返すだろう。それでは何の解決にもならないんだ。私のやり方は、人間たちに売買が成立したと思わせ、そしてその後継者を落札者自身の手で絶やすという、とても効率的な方法だと思うよ」
「……私……は……」
確かに、彼女の言う事が正しいのだと思う。
再び捕まった獣人は、今度こそ殺されてしまうかもしれない。
その時、私は人間を赦せるの……?
赤い髪の女の子の顔が思い浮かぶ。
私だけじゃなくて、あの子が虐げられて……殺されたら……?
(……私には無理だわ……)
きっと、人間を赦す事なんてできない……
私は多分、人間を嫌いになりたくないし、人間に嫌われたくなかったんだ……
私は彼女の考えに頷いた。
人間の事は、同じ種族である彼女に任せた方がいいのかもしれない。
私の頭を撫でる手が心地よかった。
「そういえば……子どもの体に入ってしまった獣人の魂は、どうなるんですか? ずっとそのままなんですか?」
入れ替わった獣人だって、とても苦しむんじゃないのかな……
「まさか。憎い人間の子の体になんて、誰だっていたくはないよ。人間と入れ替わった獣人はみんな、私のもとを訪れるのさ」
「え……?」
「奪われた肉体の一片でも残っていれば、私の魔法で複製できるんだよ」
「肉体を……複製……?」
理解が追い付かない……そんなこと、可能なの……?
「良心的でしょう? 私は獣人の間では、魂の交換をしてくれる時魔法師って、ちょっとした有名人なんだよ」
なに……それ……私、獣人だけど全く知らないよ……?
「……そのっ……複製した肉体に……人間の子から魂を戻したら、……抜け殻になった肉体は……?」
「一応、異空間収納に保存してあるよ。私だって鬼ではないからね。入れ替えに気づいた親が、反省して『戻してくれ』って言いに来たら、戻そうと思っているよ」
悔い改めた人間にも機会が与えられることにホッとするけど、続いた言葉に落ち込む。
「……今のところ、一人も来ないけれども」
街中の商店で、『取り置きの商品を受け取りに来ない客がいる』とでも言うような口調で彼女は話す。
だから、どれだけ残酷な事を話しているのか、一瞬わからなくなる。
綺麗だけど、どこか欠落した人……
だけど、何故か嫌いになる事ができない……
他にも方法はあって、もしかしたら、これはいいやり方じゃないのかもしれないけど……
(きっと……この人は、獣人も人間も救おうとしてくれてる……)
……それは多分、不可能なこと。……だけど……
(この人は、自分の中で考えられる最善を尽くしてくれてるんだろうな……)
その事を強く感じた。
何故、私を助けてくれたんだろう……?
もしかしたら、魔法使いとしての自身の宣伝の一つ……なのかな?
そう考えるとズキンと胸が痛む。
そうだとしても、私や他の獣人たちを助けた事で、この人が人間たちから狙われる事もあるのかもしれない……
もし、そんな事になったら……?
――守りたい。
どんなことをしても、私が――
って、……初対面の人相手に何考えてるんだろう……
改めて彼女を見ると、驚くほど端正な顔に、白い肌と漆黒の瞳が艶めいている。
豊かな腰までの髪は黒い外套の後ろに絹の帳のように流れていた。
(今後……私の生涯の中で、こんなに守りたいって思ってしまう人に出会うことって……ないんじゃないかな……)
私は彼女に惹きつけられていた。
この歌劇場を出たら、すぐにお別れするのかもしれない。
そう思うと、何故かとても寂しかった。
こんなにすごい人が助けにきてくれた、それだけで奇跡的で有難いことと、頭の中では分かっている。
(……私なんかとは、別世界の人なんだから、当たり前じゃない)
けれど、もう会えないという事実が胸を強く締めつける。
(せめて……せめてお名前だけでも、伺っていいかな……?)
意を決して顔を上げると、驚くことに私は彼女に引き寄せられる。
私の考えを消し去るように、彼女のしなやかな体躯が私を抱きしめる。
(な……何っ?)
「……さ、私たちの家に帰ろう?」
耳元で囁かれて、頭の中に彼女の柔らかな声が響く。
「私……たち……の家……?」
「ずっと一緒に住むよね?」
「……は?」
な、何故そんな話になっているの……?
私たち、初対面のはずなのに……
(彼女は一体、何を考えているのっ⁇)
「住まない……の?」
シュンとした子犬のような目で見つめられると、どぎまぎしてしまう。
彼女の可愛い目から、目を逸らせない。
「えっ……いや、あのっ……わ、私、家族がいて……」
「私にもいるよ」
そうじゃなくて……
えっと……えっと……そうだ!
「私が、無事だって知らせなきゃいけなくて……」
「知らせたら、一緒に住む?」
「えっ、いや……えっと、その……?」
「住む?」
怖ろしく整った顔に詰め寄られて、心臓がドクンと跳ねた。
び……美人の真剣な顔って……怖い……
謎の圧を感じて思わず頷いてしまう。
「ハ……ハイ……」
「よかった!」
張りつめた空気が霧散する。
破顔した彼女は少し幼い感じがして、とても愛らしかった。
(あ……)
太陽みたいな笑顔だ……
さっきまで不穏な話をしていた人物と同じ人だと思えない。
(なんて可愛いんだろう)
思わず、ぼうっと見入ってしまう。
(何だか……彼女を見ていると、温かい気持ちになる……)
「じゃあ、帰ろうか」
彼女の白魚の様な手が、私を抱き上げようとする。
あれ? 私、さらわれかけてない?
……気のせい?
でも、不思議と嫌な感じはしない。
「あっ……!」
「なに?」
「……この子も、いいですか?」
私は舞台袖に居た赤い髪の女の子を指さす。
この子がいなかったら、こんな場所で私はどうなっていたかわからない。
「こんな小さな子、放っておけないし……」
獣人たちの魂の交換が成立しているのなら、私のやっているのは余計な事なのよね。
だけど、この子を見過ごしてしまうほど私は強くなかった。
「……! ……この子は……。いいよ、連れて行こう……」
私の提案にアッサリと賛成し、再び赤髪の女の子と競り主の子の魂を入れ替えてくれる。
「主催者たちの記憶を混乱させておいたから、何があったかよく覚えていないと思う。行方を追ってくる人間もいないよ。私が追わせない。念のために追跡できなくなる魔法もかけておくから」
「あ……ありがとうございます」
私は頭を下げた。
助け出してもらったのに、やっとお礼を言えた事に気づく。
彼女は私ではなく、首輪を外した眠っている小柄な少女を軽々と抱っこして歩き出す。
(なんだろう、この気持ち……?)
眠ったまま抱っこしてもらえる少女が、とても羨ましい。
……なんで、こんなこと思うんだろ……?
歌劇場から出ると、満天の星空が広がっていた。
満月が私達を優しく照らしている。
「……あの、お名前を教えていただけますか?」
夜空の下で見る彼女は闇に溶けてしまいそうで、無意識に彼女の外套をつかんでしまう。
出会ったばかりのこの人と、離れたくない気持ちになっていた。
私の手を見て彼女は優しく言った。
「シルビア……。シルビアだよ、ユミィ」
ハッと、目を見開く。
「なっ……なんで、私の名前……!」
教えてないのに?
この人、いつの間に?
彼女は悪戯っぽく微笑む。
闇の精霊のような彼女が、少女に戻ったような気がした。
「ひ・み・つ」
夜の闇に、私たちは溶けていく。
キラキラとした、紫の光に包まれる。
彼女が転移魔法を行使したのだとわかった。
無数の星が春の花の香りがする夜空に瞬いていた。
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