第11話 闇オークション2 ☆
「29番、獣人と魔物の混合種。性別、雌。10歳と推定されます。メイド、性奴隷、戦闘向き。接近戦、遠隔戦ともに向いております。たいへん珍しき品種にございます」
司会が会場の人を煽る様に盛り上げていく。
「10万G!」
「20万G!」
「30万G!」
今までの競りとは桁違いに値段が上がっていく。
「50万G!」
「100万G!」
「150万G!」
「500万G!」
「1000万G!」
カ―ン、カ―ン、カ―ン!
小槌の音が無情に響く。
これまでの最高額に会場中がざわめいていた。
ざわめきの中で、赤毛の少女を落札した人物の噂が聞こえてくる。
大規模な娼館を経営しているので有名なマダムらしい。
こんなに幼い少女を働かせる気なんて……
私の憤りとは裏腹に、赤毛の女の子は男に引き立てられて行く。
その表情からは何も見て取れなかった。
ただ、私をじっと見ていた。
忘れないようになのかな。
全身が冷たくなる。
ザワザワしていた胸にぽっかりと穴が開いたみたい。
(私も、あなたのこと忘れないよ……)
これからどんな目に遭うのかわからない。
たぶん、まともに生きることは絶対にできないと思う。
でも、最期まで胸を張って生きたい……
私は観客席を睨むと、引きずられる前に自ら舞台上に出て行く。
「会場にお来しの皆様、本日のメインでございます。これほど珍しい獣人を仕入れる事はめったにできることではございません。本日お集りいただいた幸運な皆様を祝福致します」
もったいぶった司会の声が響く。
「30番、白狼変異種。性別、雌。15歳。メイド、性奴隷、戦闘向き。接近戦、遠隔戦ともに向いております。最高の品質を保証致します」
褒められているのに全くいい気分はしない。
怪我した私を放っておいたのに、最高の品質ってなによ。
それにしても戦闘向きって、よくそんな嘘が吐けると思う。
左足が治らない私は、日常生活を送るのが精一杯なのに……
購入されて、『騙したな!』と落札者に殴られる可能性が浮かんで冷や汗が出る。
(しっかり……しっかりしなくちゃ……!)
「それでは、先程の最高額、1000万Gからスタ―トさせていただきます」
「5000万G!」
「1億G!」
「4億G!」
「5億G!」
あっという間に値段が吊り上がってしまった。
その信じられない値段に眩暈がする。
これだけの金額を出して、その対価として私に何を求めるの……?
(玩具にされるの……?)
司会が言っていたこと……
その可能性にぞくりと背筋を冷たいものが走った。
私はまだ性というものをよく知らない。
小さな時には獣人の学校に行っていたから四則演算と簡単な読み書きくらいはできるけれど、両親を亡くして姉弟で学校をやめてしまった。
それ以来、弟以外の男の子と話す機会はそんなになかったと思う。
山の集落はお年寄りばかりだから、たまに街に行って生活用品を買う時くらいしか男の人には会わない。
(このまま、汚れていくのなんて嫌……)
気丈にしていたけれど、私の中で限界が来て、ポロリと涙が零れ落ちた。
泣くもんかと思っていたのに、なんて私の心は弱いんだろう。
俯いた私の耳に、人間たちの欲にまみれた声が聞こえてくる。
金額を叫ぶ声は次第に少なくなり、最後の一人の声が響いた。
「10億G!」
今日一番の最高額が出て、主催者がにんまりして小槌を振り上げる。
私は涙をこぼしながら、その地獄の扉を叩くような音を待った。
「………………………………」
でもいくら待っても音は聞こえない。
(どうしたの……?)
震えながら恐る恐る顔を上げると、会場中が静まりかえっていた。
落札を知らせる男は小槌を持つ手を振り上げたまま動かない。
観客席の人間も、醜い欲望を顔に張り付けたまま瞬き一つしなかった。
大勢の人間たちが身動きせずに固まっている。
まるで時間が止まったみたいに――――
(そんなわけない……だって、私は動いている……動く事ができるのに……)
舞台袖を見ると、さっき連れて行かれた赤髪の女の子も、無表情のまま動きを止めていた。
誰一人、息もしない。
耳が痛くなるような静寂が歌劇場を包んでいた。
キイッ――――
客席奥の大扉が徐々に開いていく。
開け放った大扉から月の光が漏れ、誰かが会場に足を踏み入れた。
(誰……?)
逆光が黒く長い外套の影をのばし、入ってきた人物の顔が見えない。
石の階段の上を一歩一歩踏みしめる度に、革靴の靴鋲の音が場内に響いた。
ゆっくりと歩いてきたその人物の顔が、舞台の照明で段々とはっきりしてくる。
白磁のような肌に、腰までつく長い黒髪を後ろになびかせた美しい女性だった。
女性の黒曜石のような瞳が、こちらを真っ直ぐに見つめている。
黒い詰襟の衣装は細身で柔らかな肢体を隠し、上に黒い外套を羽織った見姿はすらりとしてとても美しい。
16、17歳くらいのまだ少女と言っていい神聖な美貌は、欲にまみれた歌劇場で際立っていた。
月の女神が突然舞い降りてきたようで、私は呆然として息をのむ。
月から抜け出してきたのかしら――――
それとも――
(死神……?)
黒髪の女性は歌劇場に足を踏み入れた時からずっと私を見つめていた。
女性は舞台の前で立ち止まる。
桜色の形の良い唇から、涼やかな声が漏れた。
「……ここに、いたね……」
死神のような彼女が泣いているように微笑む。
(あ……)
心臓が高鳴り、胸が張り裂けるような気がする。
今すぐ舞台から飛び降りて彼女を抱きしめたい思いに駆られる。
(……何で、こんな事思うの……?)
思わず頬が熱くなる。
(あなたは一体……誰なの?)
漆黒の瞳は私の魂を吸い込もうとしてるみたいだった。