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番外編 君を捜して2

「目覚めたかい、シルビア」

「兄さま……?」



 目覚めると自室のベッドの上だった。

 私によく似た、だけどとても冷たい目をした兄様が椅子に座って私を見下ろしている。


「ユミィ、ユミィはっ⁉」


 一瞬、自分が何故ここにいるのかわからなかった。



「しるびー、森の中にいたはず……なんで……どうして……⁉」



 慌てる私を見て、兄様は現実を告げた。



「シルビア……お前は、家の転移陣の中に倒れていた。何があったんだい?」



 私の住む家とユミィと出会った森は転移陣で繋がっている。



 冷静になるとそれまでの記憶が蘇ってきた。



 手作りの結婚式を挙げたこと。


 突然現れた魔鬼(オーガ)に襲われたこと。


 魔鬼(オーガ)と戦ったユミィが、魔鬼と一緒に崖から落ちていったこと……


 何故転移陣に居たのか記憶が無いのは無意識に助けを求めに行ったのか。


 思い出して血の気が引いていく。



「ユミィ、ユミィが、崖から落ちたのっ! 早く助けないとっ!!」

「どうして? 助ける価値があるのかい?」

「価値?」


 兄様が何を言っているのかわからなくて問い返す。



「あの獣人の子は、シルビアにとって何なんだい?」



 そんなこと、わかり切っている。




「ユミィは、私の命そのものなのっ!!」




「……たった一人の存在にそこまで深入りする感情は理解できないな……」

「ユミィを助けたいの!! お願い!!」


 必死な私を見て兄様はため息を吐く。


 しかし次の瞬間、私達はユミィと別れた森の中へと移動していた。

 兄様が転移魔法を使ってくれたのだ。

 いつもは鳥のさえずりが聞こえる穏やかな森は静まり返って、辺り一面は木が折れ地面が砕け争った形跡があった。


 やはり夢じゃなかったのだと思いながら、心の中に焦りが広がっていく。


 もどかしさで足がもつれそうになりながら駆け出す。

 ユミィが落ちて行った崖から谷川を覗き込むと、ザアザアという急流の音がひどく残酷に聞こえた。

 崖腹に打ち付けられながら魔物と一緒にこの谷川に落下した子供が生きている可能性がどれだけあるのだろう?



「お友達の魔力は全く感じられないな……」



 兄様の言葉に絶望する。

 私より三つ年上の兄様は信じられないほど優秀で、魔法にも精通していた。

 ユミィが落ちた崖の下を見ながら、兄様がポツリと呟いた。



「おそらくは、もう――」



「ユミィは、生きてる!!」



 兄様の言葉をかき消すように叫ぶ。


 ユミィがこの世界にいないなんてこと、考えられない……考えたくなかった。


 光が当たると黄金色に輝く髪の毛、どんな宝石よりも輝いている紫色の大きな瞳。


『どうしたの?』


 初めて会った相手にも躊躇なく手を差し伸べられる優しさ。心の美しさ、温かさ。



 魔法師の家に生まれたのに優秀な兄様のように魔法を使えなくて。

 かといって妹のように手先が器用で頭の回転が速いわけでもない。


 私にできることなんて何も無い……


 私を必要としてくれる人なんて、家族以外にいない……



 そう思っていたから、ユミィに出会った瞬間、自分が何故存在しているのか答えをもらえたような気がした。



 私が生まれてきたのは、ユミィに会う為だったんだ――



 垂れ耳を可愛く揺らして微笑む姿を見て、すんなりと理解できた。

 ずっとこの子と手を繋いでいたい。傍で笑っている顔を見ていたい。



 だけど願いは粉々に打ち砕かれてしまって。




 その日から私はユミィを探し続けた。

 あれから、私がユミィを想わない日は無い。



 強い気持ちは、私の魔法も強くした。

 ユミィのことを考えるだけで、嘘のように魔力は容易く制御できるようになり、捜すことに役立つかもしれないと思えば、どんなに難しい魔術を使うこともできた。


 時折、ユミィを想って強くなりすぎる闇の力に飲み込まれそうになる。

 けれど、ユミィが生きている、再び会うことができると思うことで私は正気を保つことができた。

 私はユミィに生かされているのだ。


 何度も何度も訓練を重ねるうちに、手先の不器用さも改善されていく。

 母やアリアと食事を作って皿をひっくり返して割ることも無くなった。

 魔力が無いアリアの為に魔道銃を開発するととても喜んでもらえた。




 ユミィを捜し始めてから、気付けば何年も経っていた。


 そのうち移動式の家屋を作り、そこで寝泊まりしながらユミィを捜した。


 毎日、落ちるように眠り、目覚めると捜索と研究に取り組む。


 ユミィの捜索に熱中しすぎるあまり、入学した魔法学園も辞めることになった。

 夜、学園の寮から抜け出してユミィを捜していると、朝起きて授業に出ることなど不可能なのだ。

 もっとも、そのころには魔法を自分のものにしていたから何の問題も無かったが。

 授業には一度も出ないのに、試験では満点を取り続ける私を学園は持て余し、卒業を待たずして自主退学することになった。

 もともと学園にある禁書目当てで入学したので何の未練もなかった。在学中に禁書は全て複製できたからもう用はないのだ。

 こんな不真面目な生徒が除籍にならずにいられたのが不思議だった。



「学園を辞めるって本当かい?」


 普段あまり話さない学友の言葉に頷くと、「君の信奉者(ファン)からだよ」と言って何故か大量の手紙とプレゼントを渡された。

 自分が裏で闇の君なんて仰々しい呼び方をされていたことをこの時初めて知った。

 私が学園を辞めたことで同じ学園に通うアリアにも質問が殺到したらしく、「どうして言ってくれないの⁉」と責められた。


「元々、禁書を全て読み終えたら辞めようと思っていたんだ」


 アリアはどうやら私に友達を作ってほしかったらしく、私の言葉にとてもがっかりしたようだった。


 友達……


 ユミィと私は友達だったのだろうか……?



 私にはそう思えなかった。




 ユミィを捜し続けていたある日、ここまでユミィを見つけることができないのは、彼女の魔力が何かの力に阻害されているからだと結論づけた。

 その力は一体何なのかわからない。呪いの一種かもしれない。

 古今東西の呪術を調べていくうちに、ユミィが見つからないもう一つの可能性が思い浮かぶ。


 彼女がもうこの世にいないということ――


 そんなこと、考えたくもない。

 慌てて首を振って調べものに没頭した。




 魔法で探せないなら、別の方法で見つけるしかない。

 でも、どんな方法で?


 捜索でギルドに依頼を出すこともできるだろう。

 しかし金銭で全く知らない他者に依頼した場合、目的の人物が逆に危険に晒されてしまうことがある。

 捜索者がより多い金銭を得ようと奴隷商などの犯罪者に転じてしまうことは多々あった。

 ユミィを危険に晒すわけにはいかないのだ。


 あの高さの崖から落ちて生きているなら、ユミィは無事ではないだろう。


 学園の騎竜の授業で竜鳥から落下したアリアの足を診ながら、そう思った。


「やっぱり姉さんの薬の方が校医の先生がくれるものより効くわ。お店を開いたら評判になるわよ」

「名声などいらない。むしろ生きていく上では邪魔なだけだよ」


 怪我したのは自分なのに、アリアは私を心配そうに見つめている。


「ユミィさんのことを考えているの?」

「……ユミィは後遺症を負っているかもしれないと思ってね……」 


 ユミィと離れ離れになったことをアリアには話してあった。

 挫けそうになる私を時折励ましてくれていたのは、他でもないアリアだった。


「大丈夫、生きてるわっ。……そうだ! 姉さんが薬屋さんとして有名になったら、ユミィさんの方から訪ねてくるかもしれないわよ!」


 アリアのその考えを聞いて、目の前が開けたような気がした。


 ユミィがもし、あの当時怪我を負っていたら。

 不自由な体で薬や治療を求める可能性は高い。

 そして昔聞いたユミィの両親の病気……


 薬師として名を高めれば、いつかユミィに会えるかもしれない……


 幸い、魔術師の家に生まれたことと、魔法学園に通ったことで薬学、医学ともに学び終えている。


「私が診療所を開いたとして、患者は来ると思うかい……? 私は、人と話すのが苦手なんだ……」

「なに不安そうな顔してるのよ。ユミィさんを見つける為でしょ!」

「そうだ……ユミィを見つける為なら、そんなことに構ってはいられない……な……」


 満足そうに頷くアリアを見ていると自然と頬が緩んでいくのを感じる。

 ユミィと離れ離れになってからずっと自分があまり笑わなくなっていたのだと気づいた。



 それからしばらくして、私は広大な平野に、いつかユミィと出会った森を作り出していた。


 世界中の植物を魔法で矮小(わいしょう)化させ、薬草になりうるあらゆる植物を使って広大な森を作り上げていく。


 迷いの森。


 邪な者をさ迷わせ、真に救いを求める者には希望を与える不思議な森にしたかった。


 この森に足を踏み入れる者には、病や怪我が癒えるという希望を持ってほしい。



 あの日、森で迷った幼い私にとって、声をかけてくれた少女が希望になったように。




 この森を拠点として薬師の名を馳せよう。




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