第108話 光の中へ
長い間、私はフィーちゃん達を抱きしめていた。
「フィーちゃん、ロシータちゃん、チェリーちゃん……元気でね……」
名残惜しさを感じながらも離れると途端に寂しさが押し寄せてくる。
「お守りを持って行くといい」
シルビア様が異空間収納から取り出し三人の首にかけたのは、石のついたペンダントだった。
魔法石とも違う石は不思議な色合いをしていて皆の胸元でキラキラと光っている。
「シルビアさん、これは?」
「私の精霊力を込めた精霊石だよ。妖精の羽の代わりになってくれるはずだ。異界を行き来しやすくなるよ」
「妖精の羽……」
「妖精や精霊は、本来とても自由な存在だからね」
ペンダントの魔法石をフィーちゃんはじっと見つめていた。
半妖精であるフィーちゃんは妖精が生まれながらに持っている羽を持たずに生まれてきた。
そのせいか妖精の能力は危機に瀕するまで現れず、苦しい思いをしたらしい。
シルビア様が石に込めた思いがこちらまで伝わってきて、胸に染み入るようだった。
「ありがとうございます。私……自由なんですね……」
精霊石を握りしめたフィーちゃんは嬉しそうに笑った。
「そうだぞ! じゆーだぞ! ろしーた、いつでも、じゆーだ!」
「しるびー、あんがとー!」と言ってシルビア様に飛びついたロシータちゃんをシルビア様が撫でる。
「ロシータとは長い付き合いだから、フィーについて行くだろうと思っていたよ」
「あたりだぞ! おみやげ、かってくるからな!」
「きゅ~♪」
ロシータちゃんはシルビア様の頬をひと舐めしフィーちゃんの元へと戻ると、チェリーちゃんをしっかりと抱きしめフィーちゃんと手を繋ぐ。
「皆さん、お元気で」
「ろしーた、たまにかえってくるからな!」
「きゅい!」
シルビア様が手を振り上げると、空にある紫のひび割れ――異世界への扉から紫色の光が三人に降り注いだ。
光の階段は三人を包み込むと溶けるように消えていき、あっという間に三人の姿も見えなくなってしまう。
わかってはいたけれど、その時が来て私は耐え難くてギュッと手の平を握った。
「トカゲのやつ、すごいな……」
隣に居るダークちゃんも同じ気持ちだったようで、下を向き肩を震わせている。
「ダーク、フィー達は異世界へ修行に行ったんだ。君も負けてはいけないよ」
「……はい……」
グスッと鼻を鳴らしたダークちゃんが顔を上げると目が少し赤かった。
「フィー達が行く異世界は、こちらよりも魔素が多く修行に適している。だから、こちらに戻ってくる頃にはだいぶ強くなっているだろう。その時、君は後れを取りたいかい?」
シルビア様の言葉にダークちゃんがハッと目を見開いた。
「ご、ご主人様、ボ、ボク……ボクも強くなりたいです! どうか、ご指導お願いします!」
そう言ったダークちゃんにシルビア様は優しく微笑んで。
「ではまず、浮遊魔法でルヴァインの街まで往復30周してきなさい」
「え゛……っ⁈ で、でも、ボク、浮遊魔法ができな――」
「できないかい……?」
シルビア様の笑顔には何故か凄みがあった。
「で……でき、……やります……」
そう言ったダークちゃんはゴクリと息を呑むと全身に魔力を巡らせていく。
そしてゆっくりと見えない階段を上るように、ふらつきながらも上へ上へと浮かんでいく。
「もっと高く」
シルビア様の声に青ざめ、時折バランスを崩しながらもダークちゃんは空高く浮き上がった。
「危なくないように、ついてやってくれないか?」
ダークちゃんが浮き上がったのを見届けたシルビア様は傍にいたロシータゴーレム達に声をかける。
元気に頷いたロシータゴーレムはフィーゴーレムと一緒にチェリーゴーレムの上に乗ると、ふわふわと浮き上がりダークちゃんの後に続いた。
「ダークちゃん、大丈夫でしょうか?」
「ダークには荒療治が必要だからね。もともと力はあるから大丈夫だよ」
風がゆっくりと雲を運んでいく。
夏の匂いを纏った、新しい風だ。
「引き止めず皆の背中を押して偉かったね、ユミィ」
「私、未知の場所にフィーちゃんを送り出してよかったのか、本当はわからないんです……」
遠くの空に見えなくなるダークちゃんを見送って、私はシルビア様にそっと打ち明ける。
「できることなら私自身はずっとフィーちゃんに居て欲しかったんです。だけど、フィーちゃんにとっては異世界で学ぶことが必要で。それがわかるから引き留めることができなくて……」
私が引き留めればフィーちゃんはずっとここに居てくれたかもしれない。
けれどそれは完全に私の我儘だから、そんなことでフィーちゃんを困らせてはいけないと思った。
「私が完璧に魔法を使えて、フィーちゃんを守り切れる自信があれば違ったのかもしれません……」
私がもっとしっかりしていれば、ここに居てもいいよって……ここに居てって言えたのかな……
魔法を使い始めて数日の私はまだ魔法を制御することができなかった。
見上げる空はあまりにも綺麗な青色をしていて、フィーちゃん達が行った異世界の空も美しいといいなと願ってしまう。
「……私も時々、自分のしている事がこれでよかったのかわからなくなることがある……」
シルビア様もそんなことがあるのね……
「そういう時はどうしてるんですか?」
気になった問いかけは微笑みに優しく流されてしまう。
「……只々何もせず、過ごしているよ……」
流れる雲を見つめながら、シルビア様はどこか別の場所を見ているような気がした。
どこか寂しそうな横顔に、私がシルビア様を慰められればいいのにと思う。
「あのっ……シルビア様」
「何だい?」
こんなことを言うのはおこがましいとはわかっているけど……
「私にできることでしたら、何でもします! ……だから、元気を出してください!」
虚を突かれたような顔をしたシルビア様は少しすると嬉しそうに笑った。
「……何でも、と言ったかな?」
「はい! どんなことでも!」
「じゃあ……」
シルビア様が私の両手を取り瞳を見つめる。
その瞬間、私は何かとんでもない間違いを犯したことに気が付いた。
「……一緒に、お風呂に入ってくれないか?」
何を言われたのか分からず、「は?」と戸惑う私にシルビア様は続ける。
「私と触れ合えば魔力が循環し、いずれは制御も容易になるよ」
繋いだ手から流れ込んできたシルビア様の魔力が身体の中を熱になって巡っていく。
「えっ……いえ、あのっ……」
「君はそれを望んでいるのではないかい? …………駄目?」
「だ、だめ……で……」
「何でも……じゃないの?」
シルビア様が俯き、拗ねたように私を見つめる。
繋いだ手から流れる魔力が多くなって、私の心臓を早鐘のように鳴らしている。
「~~~~~~!!」
その甘美な魔力がこれ以上流れ込んでくるのが恥ずかしくって、私は諦めて頷いた。
満足そうに笑ったシルビア様が私の手に口づける。
優しく手を引かれながら、私はシルビア様と一緒に屋敷の方へと歩いて行く。
柔らかな紫の光が辺りを優しく包んでいた。
ご精読ありがとうございました。
これにて完結になります。
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