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第107話 異世界への扉4

 夕食を終えると、フィーちゃんは異世界へと旅立つことを子供達に告げた。

 話を聞いて最初に言葉を発したのはロシータちゃんだった。


「わかったぞー! ふぃー、いせかいにいくんだなー!」


 目をキラキラさせて、なんだかワクワクした表情でフィーちゃんを見つめている。


「……絶対、よくわかっていないだろ?」


 そう言うダークちゃんの足元から蛇のように這い上った影がグルグルとダークちゃんを包んでいく。

 ダークちゃん、相当動揺しているのね……

 チェリーちゃんも「きゅ?」と首を傾げながら、何かを感じ取ったのかフィーちゃんのところまでよちよちと歩いてフィーちゃんの足にしがみついていた。

 チェリーちゃんを抱き上げたフィーちゃんが愛おしそうに頬をすり寄せると、私はなんだか泣きたい気持ちになってしまった。


 子供達の中でもロシータちゃんはフィーちゃんが異世界に行く理由が全くわからないようで、何度も何度もフィーちゃんとシルビア様に聞き直していた。

 その幼さを見ていると胸が切なくなってしまうけれど、フィーちゃんを引き留めることは私にはできなかった。


 フィーちゃんが異世界に行く理由は修行する為だけじゃなくて、自分の身を守る為でもあるのよね……


 フィーちゃんとの別れを思うと涙が込み上げてしまうけど、フィーちゃんがいないぶんも私がしっかりしなくちゃ。



「もし、……もしも、異世界が辛かったら、すぐに帰ってきていいからね」


 そう言った私に、フィーちゃんは優しく微笑んで頷いてくれる。



「ありがとうございます。でも、半年間は頑張ろうと思います」



 シルビア様の命によって、その後も異世界の調査が進められ、異世界とこちらの世界は問題なく行き来できることがわかった。

 もし異世界が危険な場所だったり、修行するのに適さない場合、フィーちゃんはこちらにすぐに戻ってこられる。

 それを聞いて私はとても安心した。


 調査の度に異世界から帰ってくるシルビアゴーレムとユミィゴーレムは、まるで新婚旅行から帰ってきた若夫婦のように片時も傍を離れない。

 ちょっと恥ずかしいけれど、ゴーレムちゃん達の平和そうな様子から、異世界はこちらよりも安全なのかもしれないと思った。


 出発までの数日、フィーちゃんはシルビア様に異空間収納の魔法や便利な魔法を色々と教わっていた。



「異空間収納魔法を覚えたら、魔法の鞄(マジックバッグ)を作ってごらん。フィーが作った魔法の鞄(マジックバッグ)は、中がフィーの異空間収納へと繋がっているんだ」

「旅支度に役立ちます。ありがとうございます」


 そうか、フィーちゃんが異世界に行くまで、あと三日しかないのよね……


 私も何か旅支度を手伝いたいな。


 フィーちゃんは精霊力で衣服などは作れてしまうから私の手はほとんど必要ないと思う。だけど……



「私も何かフィーちゃんの役に立つことをしたいなぁ……」



 そう思っていると、ユミィゴーレムが私の足元に現れる。

 ユミィゴーレムは籠いっぱいに摘んだ果物を私に差し出した。



「果物……! そっか、保存食を作ってみようかな!」



 私の呟きに、ユミィゴーレムとシルビアゴーレムが並んで頷いてくれる。



 私はゴーレムちゃん達と一緒に保存食を作り始めた。


 迷いの森は季節を選ばずに様々な木の実が生るから、ドライフルーツを多めに作ることにした。


 イチジク、リンゴ、オレンジ、イチゴ、ブルーベリー、アプリコット……


 色んな果物を収穫して下処理すると、ユミィゴーレムが風魔法で乾燥させてくれてドライフルーツが出来上がる。

 シルビアゴーレムは時魔法を使って、瓶に詰めたジャムを熟成させてくれた。


 果物の他にも固く焼いたパンと干し肉を切り分け、街で買った調味料も小分けに瓶に入れて保存する。


 三日間で準備するのは大変だったけれど、ゴーレムちゃん達のお陰でかなりの量の保存食を作る事ができた。



「なにやってるんだー?」

「ジャムを作ってるんだよ。味見してみる?」

「おう! ……うまいぞ! おかわり!」

「ふふっ。ありがとうロシータちゃん」



 ロシータちゃんはペロペロとジャムがのった味見用の小皿を舐め終えると、不思議そうに私を見つめる。



「ゆみぃ、ふぃー、いなくなるの、ないちゃう?」



 クリクリとしたリンゴのような瞳があまりにも純粋で、気付けば私は本音を漏らしていた。



「そうだね、とても寂しいよ……でも、泣かないでいられるのは、辛いことだけが全てじゃないって知ってるからかも」



 私は思い返すようにゆっくりとロシータちゃんに語りかけていく。


 子供の頃にシルビア様と離れ離れになって、大人になってから再会できた。

 シルビア様と一緒に暮らし始めて、私でも役に立てるんだって生きがいを得ることができて。

 失うことを恐れずに受けた手術で、逆に失ったはずの記憶や力も戻ってきた。



「嫌な事があっても懸命に生きることで、いずれは失ったものにも巡り合うことができるんじゃないかと思うんだ……」



 ここにいる皆が、私にそのことを教えてくれた。



「それに……フィーちゃんが前を向いて新しい扉を開こうとする姿が、とっても眩しくてさ」



 困難な状況に追い込まれても、自分にできることを突き詰めて前へ進んでいこうとするフィーちゃんは、なんて素敵なんだろう。



 フィーちゃんは私に勇気をもらったと言うけれど、私こそフィーちゃんに強くなる為の勇気をもらっている。




「そうか、ゆみぃ、いいこいいこ!」




 話をじっと聞いていてくれたロシータちゃんは、背伸びをして私の頭を撫でてくれる。



「ロシータちゃん、口の周りにジャムがついてるよ~~~~!」



 ロシータちゃんの口周りを布巾で拭おうとしゃがみ込むと、その顔に慈愛が溢れていて私は一瞬ドキッとする。



「あんがと、ゆみぃ!」



 あっという間に立ち去ってしまった背中がいつもよりも大きく見えた。





 シルビア様は調査を終えたゴーレムちゃん達を総動員して、異世界でも使える家を作り始めた。


 出来上がった家は一見すると木でできた小さな小屋で、緑の屋根に煙突がついていて可愛らしい。

 だけど、その中は魔法で拡張されていて、私達が今住んでいる屋敷と同じくらい広かった。


「どんな外敵からの攻撃も防ぐ作りになっているから安心するといい」

「本当に、何から何までありがとうございます」



 シルビア様は薬草園で効能の高い薬草を沢山摘んでまとめるとフィーちゃんの魔法の鞄(マジックバッグ)へと入れていく。

 シルビア様が薬草や様々な魔道具、換金しやすい貴金属等を魔法の鞄(マジックバッグ)に仕舞い終えると、私も作った保存食を次々と入れていった。


 三日かけて、フィーちゃんの旅支度は終わった。






 見送りの日、私達は異世界への扉の前に集まっていた。


 空を斜めに割るようにできた紫色のひび割れは奥が見えなくて、見つめていると吸い込まれてしまいそうな感覚に陥る。




 私達が集まる前にその場所に居たのは、カレンデュラさんとブルーベルさんだった。



「手向けよ、オヒメサマ」



 カレンデュラさんが指を鳴らすと、フィーちゃんの装いがシンプルで上質な動きやすいワンピースへと変わる。


 一瞬のうちに精霊力で(あつら)えられたワンピースは、織り込まれた魔を払う柊の葉と全体に散りばめられた金糸の刺繍の花から高貴さが漂っていた。



「元気でやんなさいよ」

「ありがとうございます、カレンデュラさん」



 どこか不機嫌そうなカレンデュラさんは、もしかすると悲しんでいるのかもしれない。

 その背に手を添えながら、ブルーベルさんが口を開いた。



「シルフィード様……強くおなりなさい。私達から自由を勝ち取ったように、今度は妖精国から自由を勝ち取る為に……」



 珍しく語り掛けるブルーベルさんは一見表情が無いけれど、なんとなく憂いているように見える。

 任務とはいえ命がけで戦った相手だからこそ、その言葉は重く感じた。



「わかりました。頑張ります」



 フィーちゃんが一礼するとブルーベルさんとカレンデュラさんは姿を消してしまう。

 慌てて辺りを見回すと、少し離れた高い木の上に旅立つフィーちゃんを見守る二人の姿が見えた。




「フィーちゃん、とっても綺麗だよ」

「ユミィさん。ありがとうございます」




 光の加減で青や黄緑へと色を変える不思議なワンピースを纏ったフィーちゃんは、まさに妖精のお姫様だ。



「フィーちゃん、この子達も連れて行ってくれないかな?」



 私はシルビア様の許可を得て、シルビアゴーレムとユミィゴーレムをフィーちゃんと一緒に異世界へと送り出すことにした。



「ユミィさん、いいんですか?」

「うん。シルビア様と相談して、お姫様には、侍女と従者が必要だって」



 シルビアゴーレムが右手を腰に回し左手をお腹につけ従者の礼をした横で慌てたユミィゴーレムがぎこちなく膝を曲げた。




「ユミィさん……ありがとうございます。……では、私も」




 フィーちゃんの影から出て来たのは、何故か二体に増えたフィーゴーレムだった。



「これからお仕事も増えていくと思うので、この子達にお手伝いさせてください」

「フィーちゃん! でも、いいの?」

「お姫様には侍女と従者が必要ですので」



 フィーちゃんが悪戯っぽく笑うと、フィーゴーレム達が仲良く膝を折る。

 それを見た傍にいたダークゴーレムがまごついて転んだ。



「おい、しっかりしろよ。……ボクのゴーレムも連れてっていいぞ。異世界を学ばせてやってくれ」



 何体もいるダークゴーレムがフィーちゃんの後ろへと連なると、ダークちゃんはそっぽを向いてしまう。

 その目がちょっと赤いから、もしかしたらダークちゃんは少し泣いたのかもしれない。


 フィーちゃんとの別れを名残惜しく思っていると、ロシータちゃんは頭に載せていたチェリーちゃんを胸ポケットへと入れた。

 そして遊んでいたロシータゴーレムとチェリーゴーレムを捕まえると、私の肩の上に載せる。




「ゆみぃ、こいつら、たのむぞ!」



「ロシータちゃん、どうしたの?」




 ロシータちゃんはチェリーちゃんを抱えたままピョンと跳んでフィーちゃんの隣へ着地する。




「ろしーた、ふぃーと、いせかいにいくぞ!」




 ロシータちゃんの突然の宣言は森の中に大きく響いた。




「ロ、ロシータちゃんっ……⁉」




 圧倒される私達を見回すと、ロシータちゃんは至極当然といった様子で。




「だって、ろしーた、ふぃーの、おねえさんだからな!」




 その言葉は思いがけなかったけれど、何故かすんなりと納得できた。



 私はシルビア様の傍を離れることなんてできない。

 だから、まだ見ぬ異世界へと旅立つフィーちゃんについて行けない。

 フィーちゃんは私の気持ちがわかっているから何も言わないけれど、本当はとても不安なはずだ。

 そんなフィーちゃんを見て、ロシータちゃんは異世界へ一緒に行くことを買って出てくれた。



 幼いと思っていたロシータちゃんは自分なりに一生懸命考えて、フィーちゃんを守ることを選択したんだ。



 伝わってきたロシータちゃんの気持ちに胸が熱くなる。ロシータちゃんは私が思うよりもずっとお姉さんになっていたんだね。




「ロシータちゃん……ロシータお姉ちゃん、フィーちゃんをお願いできる?」

「おう! まかせろっ!」



 元気よく返事するロシータちゃんを呆気に取られたように見ていたフィーちゃんの顔が歪んでいく。


 ターコイズグリーンの瞳から零れ落ちた涙は、真っ白な頬を濡らしていた。



「ありがとうございます、ロシータ姉さん!」



 涙ぐんだフィーちゃんがロシータちゃんを抱きしめると、ロシータちゃんは満面の笑みを浮かべた。


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