第106話 異世界への扉3
森の木々がザアッとざわめき、熱を孕んだ夏の風が通り抜けた。
フィーちゃんの突然の告白は私を混乱させる。
「異世界へ……? えっ、あのっ……一体、どうしてっ⁉」
人化して目線を同じくすると、フィーちゃんはゆっくりと言葉を続けた。
「数日前、カレンデュラさんとブルーベルさんから話があると言われたんです……」
そうしてフィーちゃんに告げられたのは、妖精国の事で。
周辺の人間国と戦争をしている妖精国は、戦争を終わらせる講和条約を結ぶためにフィーちゃんが必要だということだった。
講和条約が締結されるまでの一年間を休戦にし、この一年の間に条約が結ばれない場合は再び開戦してしまうらしい。
カレンデュラさんとブルーベルさんという最初の使者が任務を果たせなかった今、代わりに別の使者が訪れる可能性が高いとのことだった。
フィーちゃんを利用するなんて許せないと妖精国の勝手なやり方に腹が立ってしまう。
「私がこの世界にいると、またユミィさんたちを危ない目に遭わせてしまうでしょう……」
「……フィーちゃんっ……だからっ……!」
こちらの世界にいる限り、フィーちゃんは妖精国に狙われ続けてしまう。
まだ見ぬ異世界の方がその安全を保障できるなんて不思議だけど、フィーちゃんにとってはその方がいいのかな……?
「シルビア様には話したの?」
「はい。少し前に。シルビアさんは、そんなこと気にすることはないと言ってくださいましたが……」
シルビア様はフィーちゃんから聞いていたんだ。
シルビア様なら――全てを優しさで包んでくれるような彼女ならそう言うだろうなと思った。
フィーちゃんとシルビア様が私にこの事を言わなかったのは、手術を受ける私を気遣ってくれていたからだよね……。二人とも、なんて優しいんだろう……
「フィーちゃん……もし、私たちのことなら、気に病む必要はないと思うの……」
妖精国の都合にフィーちゃんが巻き込まれる必要はないもの。
幸い手術で私の力は戻ってきたみたいだし、ロシータちゃん、ダークちゃんだって自分で身を守れるくらい強いはずだわ。
だから、私達を気づかって異世界へ行くなんてしなくていい。
そう思っていると、フィーちゃんは首を横に振った。
「それだけじゃないんです。私、この機会に強くなりたいんです」
異世界は魔素が多いとシルビア様から聞いた時、フィーちゃんは異世界で鍛錬することを思いついたらしい。
そうやって魔法を鍛えて、来たるべき日に備えておきたいとフィーちゃんは言った。
ここ最近、フィーちゃんはぼうっとしていることが多かったように思う。
思い返せばそれは何か考え込んでいるような、憂いているかのような表情で。
こんな大切なことを決断するのは、かなり悩んだはずだわ……
「話すのが遅くなってごめんなさい」
「そんなことないっ……。……フィーちゃん、決めたんだね……?」
フィーちゃんが頷いた。
その決意を秘めた表情が彼女をとても大人っぽく見せていた。
「私……私……」
フィーちゃんが異世界へ行ってしまうのが寂しくて仕方ない。
成長しようとするフィーちゃんに一人とり残されてしまうようで。
行かないでほしいと縋りつきたくなってしまう。
だけど、そんな思いを振り切って、私はフィーちゃんを励まさなければならない。
だって、フィーちゃんは、私に初めてできた親友だから。
「私……応援するよ……」
涙を堪えて出た言葉は、意外としっかりしていた。
「フィーちゃんのこと、待ってる……」
そう言った私をフィーちゃんが強く抱きしめてくれる。
ターコイズグリーンの髪から爽やかな高原のような緑の香りがした。
「ユミィさん……! 私……手術を受けたユミィさんに勇気をもらったんです。怖くても一歩踏み出したユミィさんに、勇気を……!」
「フィーちゃん……!」
フィーちゃんが私のことをそんな風に思ってくれていたなんて知らなかった。
私は立派な人物じゃない。フィーちゃんのようにあっという間に魔法を覚えたり、器用に何か作ったりもできない。
だけれども、私の小さな一歩がフィーちゃんに勇気を与えたというのなら、友達でいてよかったと思ってもらえたのなら。こんなに嬉しいことってないよ。
思えば、フィーちゃんに出会ってから色々なことがあった。
その美しさと才能に勝手に嫉妬して、優しさと脆さを知って後悔して。
慰められたり助けられたりもして……
沢山の思い出が蘇ってきて感情が昂り私は半分獣化してしまう。
「いつ、出発するの……?」
「三日後にしようと思います。新月の日なので、明るいうちに」
「三日後か……」
「寂しくなるね」という言葉を言う代わりに、フィーちゃんの体を強く抱きしめ「キュ~ン」と一鳴きした。