第105話 異世界への扉2
精霊の木の上に完成した新居は、以前の屋敷よりも広く使い勝手がよかった。
節目の無い無垢材でできた床と丸太を組み合わせて作った壁は木の香りと温もりがとても心地いい。
ゴーレムちゃん達がベッドやクローゼットまで新しく作り替えてくれたので、これまでよりも広々とお部屋を使うことができるのが有難い。
「ゆみぃ、あたらしいべっど、ぽよんぽよんするぞ!」
「きゅい! きゅい!」
「やめろよ、トカゲ。壊れるだろう」
「いや、このベッドは反発する魔法が組み込まれているから大丈夫なんだ」
シルビア様の言葉を聞いたダークちゃんもベッドに乗って飛び跳ねる。ふふ。ダークちゃんもやりたかったのよね。
あんまり楽しそうだったので、かく言う私も子供達と一緒に飛び跳ねて遊んでしまった。反省。
「これ、織ってみたんです。使ってくださいますか?」
一人一人与えられたお部屋を皆で模様替えしていると、フィーちゃんが精霊力で織ってくれたカーテンや敷物が広げられる。
「一人一人のイメージの色にしてみたんです」
「すごいよフィーちゃん。とても素敵だよ!」
カーテンと絨毯、ベッドカバーの組み合わせは、ロシータちゃんにはチェックの赤色、私には黄色の花柄というように、それぞれの色でとても上手に配色されていて。抱きしめたくなるほど可愛らしい。
診療所のほうもフィーちゃんに手伝ってもらって、落ち着いたパステルブルーのカーテンや敷物で統一する。
「……ついにこれを飾る時が来たのね……!」
街へ行ったときにシルビア様が買ってくれたレースと小花柄のカフェカーテン。
自室に大切にしまっておいた宝物を取り出すと、長年の夢が叶うんだと感慨深い気持ちになる。
受付とお茶を淹れる作業台へと取り付けて作業を終えると、見違えるように素敵な待合室が完成した。
「なんだか本当にカフェになったみたい。嬉しいな。フィーちゃん、ありがとう」
「いいえ、私が作ったものはシンプルなデザインなのでコツを掴めばあっという間にできたんです」
窓辺に取り付けられたカーテンは光を不思議に反射して時折透けてみえて神秘的な雰囲気がした。
「それにしたって、こんなに沢山作るのは大変だったでしょ?」
「そうでもないんです。……考え事をしながらだと、つい集中してしまって……」
「……考え事?」
「い、いえ、なんでも。……こちらのクッションカバーはどうしましょうか?」
フィーちゃんと作業を終えると、心地よい待合室が完成する。
これで、いつ患者さんが訪れても安心してお迎えすることができるわ。
大きく育った精霊の木の、鈴を鳴らしたような葉擦れの音が心を癒してくれる。
患者さんへ振舞う為の茶器を準備したりとやることが色々あって忙しいけど、充実した時間が過ぎていった。
新居が完成したのでシルビア様はゴーレムちゃん達を異世界の調査へと送り出した。
数日するとゴーレムちゃん達は戻ってきて、シルビア様に異世界の様子を伝えてくれた。
シルビアゴーレムとユミィゴーレムが巻いた羊皮紙を一緒に広げてシルビア様へと差し出す。
「どうやら、調査によると異世界は魔素が多いようだ」
「どういうことですか?」
「異世界で修行すると、こちらで修行するより格段に成長できるということさ」
そう言ってシルビア様はチラリとダークちゃんを見る。
「ひっ、ひぇっ……! ボ、ボクは行きませんからねっ! ご主人様を陰ながら守るのが、ボクの役目ですから!」
「ふふ。ありがとう、ダーク」
調査では他にも、異世界は人口がとても多いことや大きな戦争などがないことが伝えられた。
文明もだいぶ進んでいるみたいで、まだ見ぬ世界への興味が沸き起こってワクワクする。
そんな私達を見て、帰ってきたユミィゴーレムが異世界の料理を作ってくれることになった。
エプロンをつけたユミィゴーレムはパンやソーセージ、茹でたブロッコリーを小さく切って串に刺していく。
「一体何を作るんだろう?」
「どうやって食べるんでしょうか?」
皆で覗き込んだ鍋の中では、チーズがコトコトと煮えている。焦げつかないのかしら?
不思議に思っていると、ユミィゴーレムは串に刺したブロッコリーに溶けたチーズを絡めてシルビアゴーレムに差し出した。
大きな口を開けてハフハフとブロッコリーを頬張ったシルビアゴーレムが、満足そうに頷いた。
「おいしそーだな! たべよ、たべよ!」
「きゅい。あちゅい、や~ん。ふーふーのー!」
「そうですね~チェリーちゃんのは、ふーふーしましょうね」
「……美味い……」
皆それぞれ好きな素材が刺さった串にチーズを絡めていく。私はもちろん、ブロッコリーのついている串を手に取った。
「ユミィ……あのね……」
「はいはい、わかってますよ」
熱々のチーズが絡まったブロッコリーをシルビア様に差し出すと、真っ白な肌が意表を突かれたように赤くなる。
「私、まだ何も言ってないけど……」
「あれ? 違いました?」
ゴーレムちゃんと同じ好みじゃないのかな?
「いや……その通り、だよ……」
ゴーレムちゃんと同じく大きな口を開けてハフハフとブロッコリーを頬張るシルビア様が、次第に涙目になっていく。
「……熱い」と言ってシルビアゴーレムに抗議するシルビア様は、なんだかとても可愛かった。
皆で鍋を囲んで食べるチーズフォンデュという異世界料理は頬っぺたが落ちるほど美味しくて、定番メニューへと加わることになった。
最近、シルビア様は日が高いうちから当たり前のように私の部屋に入ってくる。
そうして「あの花畑、二人でよく行ったよね」とか、「今日、綺麗な蝶を見たよ。子供の頃一緒に見たことがあるね」など、嬉しそうな顔で話してくれるんだけど。
その先にあるエピソードが……二人で川に落ちて、裸になって服を乾かしたとか……なんとも恥ずかしいものが多いのよね……
無邪気に微笑む顔は可愛くて流されてしまいそうになるんだけど……ここで断らないと羞恥で獣化したまま一日中モフられてしまう。
「シルビア様、めっ! ですよ」
「何で……ユミィ……?」
シルビア様は美しい黒髪を揺らしながら悲しそうな目をする。
そんな目をされるととても弱いんだけど、ここで踏ん張らなくっちゃ……
「だって……夜、ギュッとするじゃないですか……」
私の記憶が戻ってから、シルビア様との距離が近くなった……近くなりすぎた。
私がお料理する間も、家事をする時も、何故かシルビア様が後ろにいてニコニコと笑っているのだ。……やりにくい。
これではいけないと思って、夜はギュッとしたらすぐに自室へ戻るように促すと、目を潤ませて渋々と戻っていくのよね……
「夜だけじゃ、足りないよ……」
「シルビア様……」
「私は一日中、ユミィの傍にいたいんだ」
そんなこと言われても……
そう思いながら、私は半分獣化してしまう。何だかんだ言っても、私もシルビア様といられることが嬉しくて仕方ない。
フサフサと揺れる尻尾が恨めしかった。
シルビア様は私の手を取ると、手の平に現れた肉球をフニフニと弄ぶ。
「んっ……くすぐったいですよ……シルビア様……」
「こんなに可愛いもの、触れずにはいられないよ」
うっとりと夢心地の顔で言われるから、恥ずかしさが限界になった私は、完全に獣化してシルビア様から逃走する。
まさに尻尾をまいて逃げるといった状況だけど、心臓麻痺になってしまうよりはいいと思う。
私が外へと駆け出すと、ブランコで遊んでいたロシータちゃん、チェリーちゃん、ダークちゃんも一緒になって精霊の木から降りてきて薬草園を走り抜ける。
そうやって皆で遊びながら森の木の実を摘むのが最近の日課だった。たまに幼児化した小さなシルビア様が混ざっているけど……
森の奥へと足を向けると、私とシルビア様が魔鬼と戦った場所へと辿り着いていた。
シルビア様が言うのには、あの魔鬼は普通の魔鬼ではなく、桁外れの力を持った魔物だったらしい。
どうしてそんな強い魔物が私達を狙ってきたんだろうと思ったけど、「全て私のせいだ……すまない」と項垂れるシルビア様を見ているとどうでもよくなってしまった。
もしかすると狙われたのには、魔力が高いこと以外に理由があったのかもしれない。
でも今こうやって無事に生きていられることが全てだから、シルビア様を責める気になんて全くなれなかった。
雷が落ちた空間の裂け目は異世界への扉となって、空を斜めに引き裂いた傷が宙に浮かぶように存在していた。
気付けば近くに異世界への扉をじっと見つめるフィーちゃんがいる。
「フィーちゃん、どうしたの?」
私は狼の姿のままフィーちゃんへと駆け寄る。
フィーちゃんは私の頭を撫でながら、異世界への扉へ目を向けた。
「ユミィさん……私……」
フィーちゃんの呟くような声には、しっかりとした決意が込められていた。
「私、異世界へ行こうと思うんです」