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第104話 異世界への扉

 午後のそよ風が診療所の窓から病室の中を通り抜ける。

 夏になりかけの風から緑の匂いがした。


 意識を失ったシルビア様は丸一日経っても眠り続けていた。


「鑑定の魔法で診てみたんですが、どうやら少し疲労しているだけのようです」


 寝ているシルビア様にそっと手をかざしてフィーちゃんが私を安心させるように言った。

 フィーちゃんの手から出た温かい光がシルビア様を照らしていくと、段々とその顔色が良くなっていく。


「フィーちゃん、ありがとう。……それにしても、いつの間に色々な魔法を?」

「皆さんが眠っている間に、毎晩少しだけ練習してるんです。まだまだ勉強中なんですが……」


 勉強中とは言っても、今行使したのは光魔法じゃないのかな? 前に授業でフィーちゃんには光魔法の適正があるってわかったけど、この短期間で使えるようになったなんてすごすぎるわ。


 診てもらって異常が無くてよかったと思いながら、なんだか一時も離れたくなくて私はずっとシルビア様の傍にいた。


「ゆみぃ、しるびーと、これ、たべろ! はな、みっつで、かえるぞ!」

「まぁ、なんてお安いの! こんなに沢山ありがとう」


 窓から顔を出したロシータちゃんダークちゃんチェリーちゃんが、窓辺に木の実や花を並べていく。

 突然始まったお店屋さんごっこを微笑ましく思いながら、子供達も自分なりにシルビア様を心配してくれていることがわかって胸に温かいものが広がった。


 食べきれないほど籠に盛られた木の実をどうしようかと思っていると、窓辺に座っていた二体の土人形(ゴーレム)達がお互いに木の実を手に取る。


 まるで「あ~ん」とでも言うように口を開け木の実を食べさせ合っているのは、シルビアゴーレムと、なんと私が作り出したユミィゴーレムだ。


 私も何かできないかと思って魔力を念じてみたら、魔法石を一つ出すことができた。

 嬉しくなってこねた土に埋め込んでみると、私にそっくりな土人形(ゴーレム)ができたのよね。

 ムチッとした身体にフサフサの尻尾、ペタリと垂れた耳が私と瓜二つで、思わず「よろしくね!」と元気に握手をしたら、尻尾を盛大に振ってくれた。

 私以上にユミィゴーレムの誕生を喜んでいたのはシルビアゴーレムだった。

 ユミィゴーレムの手を取り抱き締め口付けて、キャッキャキャッキャとはしゃいでいる姿は狂喜乱舞と言ってもいいくらいで。ちょっと……いえ、かなり恥ずかしい……



「安心して気が抜けちゃったんでしょうね」


 亜空間であったことを話すと、フィーちゃんと一緒にお茶を淹れてくれていたシルビアゴーレムが頷いた。


「シルビア様、ずっと無理をしてきたと思うんだ。……私、申し訳なくって……」


 フィーちゃんからティーカップを受け取りながらシルビア様の寝顔を見る。


「じゃあ、起きたら沢山甘やかしちゃいましょう」

「甘やかす?」

「例えば、美味しいものを作ったり……他には……」

「他には?」

「シルビアさんがしたいことを、一緒にしてみたり」

「シルビア様が、したいこと……」


 窓辺のシルビアゴーレムを見ると、満ち足りたような顔で獣化したユミィゴーレムのお腹を撫でていた。

 土の身体のはずなのに何故獣化できるのかしらと思いながらも、無防備にお腹を撫でさせているのは恥ずかしいのでやめてほしかった。……うう……


 シルビア様が起きたら、彼女の好きなものを沢山作ってみようかな。

 そう思うと心が落ち着いてくる。そんな私を見てフィーちゃんは微笑んでお茶をつぎ足してくれた。



「そういえば、どうして亜空間ができたんでしょうか?」


 亜空間……既存の物が概念で出来ている不思議な空間……


「わからないの……シルビア様と森にいたら、辺りに急に霧が立ち込めてきて……いつのまにか亜空間に入り込んでいたんだ……」


 私には亜空間のことはよくわからなかったけど、とにかく、


「シルビア様が無事でよかった」


 そっとシルビア様の頬を撫でると、何故だかその頬が紅潮していく。……あれっ?

 長いまつ毛が押し上げられると、星空を宿した瞳が現れる。


「あの亜空間は……奪い取ったユミィの力を使って、魔鬼(オーガ)が作り出したものだよ……」


「シルビア様っ!」

「シルビアさん、目が覚めたんですね」


 目を開けたシルビア様はゆっくりと起き上がって、私の顔を見ると照れたように笑う。


「うん。心配をかけたね……」


「シルビアさん、どういうことなんでしょうか?」


「ユミィの体内から取り出した魔鬼(オーガ)の爪は、ユミィの魔力を別次元へと逃がしていたんだ」


 ゴブレットから水を飲んだシルビア様は、息を吐いた。



「だが魔鬼(オーガ)の呪いはそれだけではなくユミィの魔力を利用して亜空間を作り、その中に思念体を形成したんだ。死んでしまった自身の代わりにね」

「一体、何の為にそんなことを……」

「それは勿論、我々にいつの日か仇なす為だろうね。手術で呪いの媒体である爪を取り除いたことで、魔鬼(オーガ)は一刻も早く我々を害しようと亜空間に引きずり込んだんだ」


 シルビア様の話では、思念体と言っても亜空間の中では実体の私達に危害を加えることができるらしかった。


「ユミィの魔法が無ければ私たちは危うかっただろう。助けてくれてありがとう。ユミィ」

「そんなっ、私のほうこそ……」


 確かにあの魔法は強大だったけれど、只々必死だったからできたことのように思えた。


「シルビアさん、じつはそのことなんですが、あの雷が走った空に裂け目のような跡ができているんです」


 フィーちゃんが興味深そうに呟く。

 あの時、私の雷魔法を遠くから見ていたフィーちゃん達は、空が紫色にひび割れていく様子を見たそうだ。

 私も確認したけど確かに、雷が走った空には切り裂いたように不自然な裂けめがくっきりと現れていた。


「それはきっと空間の裂け目だと思う。太古からの言い伝えがあるんだ。白狼(フェンリル)は異界へ渡る能力があると……」

「それって……」

「あの空間は異世界へと繋がる扉のようなものだよ」



 異世界……


 一見、絵空事のように考えてしまうけれど、わたしたちの世界(リーズペルム)の文明が発展したのは異世界人の影響が大きいって聞いたことがある。


 時折、こちらの世界には異世界人が召喚されたり迷い込んだりして現れることがある。

 その異世界人が様々な技術や文化を持ち込んだお陰で、リーズペルムの文明は急速に発展し、様々な文化が交じり合っていると学校で教わったわね……


「そのうち、土人形(ゴーレム)に異世界の調査を頼もうと思う。興味深いからね」

「異世界……」


 異世界と聞いてフィーちゃんは何か深く考え込んでいるようだった。


「フィーちゃん、何か気になるの?」

「い、いえ。なんでもありません」


 そっと逸らされたフィーちゃんの目は、異世界の扉が出現した森の奥へと向けられていた。




「わぁっ! すごいっ! もうすっかり完成だね!」


 体調が戻ったシルビア様と一緒に外へ出ると、精霊の木の上にはゴーレムちゃん達が作ってくれた新しい屋敷が出来上がっていた。


「今日から、住処を移そうと思う」


 そう言ったシルビア様は新しい屋敷の入り口と精霊の木の根元に転移陣を敷いてくれた。

 竜鳥車一台ぶんの大きさほどある転移陣に乗ると、一瞬で精霊の木の根元から木の上にある屋敷の入り口へと移動していた。楽しいわ。


「ゆみぃ、こっちもたのしーぞ!」


 新しい屋敷に移ってからロシータちゃんが精霊の木の枝から枝へと飛び回って遊んでいるのを見てフィーちゃんが魔法で蔦を出してブランコを作ってくれた。

 ロシータちゃんはブランコがいたく気に入ったようで一日中乗って遊んでいる。

 その様子をダークちゃんが羨ましそうにじっと見つめていた。


「もしかして、ダークちゃんもブランコに乗りたいの?」 

「ボ……ボクは、別に……」


 と言いつつ、ダークちゃんはブランコをこぐロシータちゃんから目が離せないみたいだった。


「じゃあ、私がもう一つ作ってあげる! 私、手術したから魔法を使えるようになったんだよ!」


 簡単な魔法だったら、自分の持っていない属性でも使う事ができるらしいのよね。

 そう言って木の蔦に魔力を流し込むと、暴走した蔦が地上まで到達した。


「おい……ブランコじゃなかったのか……?」

「えっ、あれっ……? そっ、そんなはずはっ……!」


 魔力を流し込めば流し込むほどに、伸びた蔦は蔦どうしで絡まってしまう。どっ、どうしてっ⁉


「ユミィ、何して……梯子?」

「ちっ……違うのっ……これは、ブランコなのっ……!」


 結局、ため息を吐いたルネに手伝ってもらいながらなんとか不格好なブランコが出来上がった。

 ダークちゃんは出来上がったブランコをしばらくじっと見つめていたけど、ダークゴーレムたちがワイワイとブランコに駆け寄ってくると、「不格好だけど、乗ってやってもいいぞ」と言って真っ先にブランコに乗り出した。……素直じゃないなぁ。


 すっかり足の治った私を見て、ルネも実家へと帰って行った。

「ユミィをお願いします」って言ったのはいいけど、ブランコをチラリと見て「迷惑かけんなよ」という捨て台詞を残していったのがちょっと悔しい……

 でもこれでルネは思う存分に冒険者として仕事ができるわよね。お土産、たまに送ってくれるといいな。



 穏やかな日々が過ぎていく。

 だから私は、フィーちゃんが毎日引き寄せられるように、異世界への扉の前で考え込んでいることを知らなかった。


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