第100話 回復訓練
お日様の光を浴びて薬草園の花々がいきいきとそよいでいる。
花々の間を行き交い遊んでいるのは、薬草園を管理してくれている精霊ちゃん達だ。
手術した次の日、私は外に出て回復訓練に勤しんでいた。
手術した足は、立つのは何でもないけど歩くのはまだ覚束ないので少しずつ慣らさなければいけなかった。
一人で練習していると少し離れたところでロシータちゃんが皆のゴーレムちゃんと遊びながら、私をじっと見ているのに気づいた。
私が「おいで」と言うと嬉々として飛び込んできたロシータちゃんに続き、ダークちゃんも影から姿を現した。
「ろしーたが、ゆみぃのて、ひいてやるぞ!」
「お前じゃ役不足だろう。……仕方ないから、ボクが手を貸してやってもいいぞ……」
おっかなびっくり歩いている私を心配したのか、ロシータちゃんとダークちゃんが競うように手を貸してくれる。
私が見ていない間に二人ともなんだか大人になったみたいで思わず笑みがこぼれた。
「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて二人一緒にお願いするよ」
ロシータちゃんとダークちゃんに片手ずつ手を貸してもらいながら薬草園の周囲を歩いていく。
私を引っ張ってくれる子供達の温かい手が段々と熱をもってくるのに励まされて足を動かす。
手術を終えた足は痛みも無く動いてくれて、足を引きずる癖さえ抜ければバランスを上手く取って歩くことができそうだった。
薬草園を一周し、四阿の近くまで辿り着くいた私達は薄っすらと汗をかいていた。
「ロシータちゃん、ダークちゃん、ありがとう。とても助かったよ」
「ろしーた、つかれてないぞ! もういっしゅうできるぞ!」
「休憩だ、トカゲ。多くやればいいってもんじゃないんだぞ」
ダークちゃんが指差した四阿には、フィーちゃんがお茶の準備を整えて待っていてくれた。
「皆さん、お疲れ様です。少し休まれてください」
わぁっ! と歓声を上げた子供たちが準備された軽食目掛けて駆け寄っていく。
「ユミィさん、お疲れ様です。シルビアさんもお呼びして一息つきましょう」
チェリーゴーレムに載ったフィーゴーレムとロシータゴーレムが屋敷の中へシルビア様を呼びに行くと、慌てたダークゴーレムが後に続いた。
「フィーちゃん、ありがとう。助かるよ」
「私のは趣味ですから」
フィーちゃんは時間があるとケーキを焼いたり軽食を作ったりしてくれるのでとても有難かった。
地面に穴を掘って遊んでいたチェリーちゃんをフィーちゃんは抱き上げ手早く浄化魔法をかける。
そして赤ちゃん用の椅子にちょこんと座らせると、チェリーちゃんの首元に精霊力で織った涎掛けをつけてくれた。可愛い。
「もうすっかり皆のお姉さんだね、フィーちゃん」
「ちがうぞ、ゆみぃ。ろしーたが、ちぇりーのままで、ふぃーとだーくのおねえさんだぞ!」
「ふふ。そうですね。私、お姉さんが三人できたんですねぇ」
「な、何でボクが弟なんだよっ!?」
「年功序列だよ、ダーク……」
ゴーレムちゃん達を引き連れたシルビア様が私の隣に腰掛けた。
「シルビア様。研究お疲れ様です!」
「ユミィもお疲れ様。歩いて辛くはないかい?」
「皆が支えてくれるので大丈夫です。ありがとうございます。……そういえば、ルネの姿が見えないんですが、知りませんか?」
「ルネ君なら――」
とシルビア様が言いかけたところで、大きな魔猪を背負ったルネが森の茂みから姿を現した。
「これ……世話になってるから、皆で食べてくれ……」
「気を遣う事はないよ」
「お疲れ様、ルネ」
「このくらい朝飯前だしな」
シルビア様がルネに呼びかけ皆と一緒にお茶を振舞ってくれる。
早々にケーキを食べ終えたルネは「解体してくる」と言って魔猪を背負って水辺へと向かった。
解体という単語に目を輝かせた子供達が続いていく。
「ぶっきらぼうですみません。ルネなりのお礼なんです……」
「わかっているよ、ユミィ。……さ、お食べ」
シルビア様はニコニコしながらケーキを刺したフォークを私に向ける。
戸惑っていると、フィーちゃんに「ユミィさんは栄養をたっぷり取ってください」と言われてしまう。
なんだか……こそばゆい……
そう思いながらも仕方なくケーキを食べさせてもらっていると、満足そうなシルビア様が微笑んだ。
「食後は私が付き添おう」とのシルビア様の言葉により、お茶を終えた私はシルビア様と一緒に森の中へと入っていく。
森の木々の葉が眩しい陽ざしの中で鮮やかに揺れている。
「さぁ、ユミィ。手を貸して」
シルビア様の手が私の手に重ねられると、嬉しさと恥ずかしさとで顔を上げることができなかった。
ゆっくり歩み始めた私の耳に、シルビア様が囁くように声をかける。
「ユミィ、足元ばかり見てないで、前を見てごらん」
「……は……はい……」
「転んでもいいよ。私が必ず受け止めるからね」
「シルビア様……」
顔を上げると私を真っ直ぐ見つめてくれるシルビア様と視線がピッタリと合った。
シルビア様の烏の濡れ羽のような黒髪と透き通るように白い肌は緑の光の中で映えて。
一瞬、息が吐けないほどに見入ってしまう。
「どうしたの、ユミィ? 足が痛む?」
「いえ……あの……」
「それとも、疲れたかい?」
シルビア様の顔に心配そうな色が浮かんでいくのを必死に否定する。
「ち、違うんです! シルビア様が……あんまりっ……!」
「……私が……どうかしたかい?」
尻尾が勝手にパタパタと揺れていた。
「シルビア様が……あんまり……綺麗だからっ……。……見入ってしまって……」
何を馬鹿な事言ってるんだろうと思いながら、声に出してしまったことを後悔する。
人の容姿をどうこう言うだなんて……シルビア様、怒っていないかしら……
おそるおそる顔を上げると、顔を真っ赤にしたシルビア様が固まったように私を見ていた。
やがてゆっくりと動き出したシルビア様の手が、私の頬をそっと撫でていく。
「ユミィ……不意打ちは、よくないよ……」
白魚のような手が、私の頬から耳、頭、首筋へと流れて、顎をそっと持ち上げた。
「目を、閉じてごらん……ユミィ……」
「目を? どうしてですか?」
「そうすることが必要だからさ」
一体、どういうことなんだろう?
シルビア様の姿が見えなくなるのを惜しく思いながらも、素直に目を閉じる。
顔に影が差していき、シルビア様の顔が近づいてくるのがわかる。
このまま目を閉じていれば、やがて触れてしまうんじゃ――
高く跳ねた心臓に驚きながら、私は固まってしまう。
だけど、シルビア様の顔がそれ以上私に近づくことはなかった。
「これは――」
どこか警戒するような響きがシルビア様の声に含まれている。
ゆっくりと目を開けると、辺りは霧の海に包まれていた。