11月25日
俺は朝がすごく苦手でいつも遅刻ギリギリである。
しかし、時々早い日もある。
理由は至って単純、寝てないからである。
二度寝をしていたら時刻は8時を回っていた。
登校時間は自転車で坂道を降って平均10分ほどで、チャイムの時間が8時30分なので、朝の準備をしたら時間はかなり厳しくなるが、ギリギリまで寝てしまうのだ。
俺は制服に適当に袖を通し、何も入っていないカバンを持ち、玄関をでる。
そして、青のクロスバイクに跨がる。
こいつは高校入学時に買ったのだが、いつか友達とサイクリングでもするかなと思ったが、そんなことは一度もしていないので、ママチャリの方が使い勝手が良いのは自明である。
しかし、長年お付き合いのせいだろうか、ガタが来てギアが変わらなくなったこいつが妙に愛おしく感じるのである。
そんなこんな、息を切らして教室への階段を登るところでチャイムが鳴ってしまった。
今日は俺の負けのようだ。
目の前には学年主任がこちらを睨む姿があった。
俺は小学校からあだ名というものに恵まれていない。
「おい、山田、遅刻か。」
俺のあだ名は強いていうなら本名そのままの山田である。
「遅刻届をとってこいよ」
担任は無愛想にそれ以上何もいうことなく、そして周りもまた自分のことに忙しく、俺を意に介する暇はないようだった。
休憩時間
「失礼します、3年1組の山田です、遅刻届を取りに来ました」
この学校では職員室に行って、誰かしらに対応してもらうという仕組みなのだが、いつもなかなか先生方は俺に気付いてくれない。いや、無視なのかもしれない。
いづれにせよ、この作業のせいで休憩時間は潰される。
「じゃぁここ書いて、半分を授業の先生に渡しといて」
最早、今対応している先生よりも、俺の方が詳しい気すらしてしまう。
遅刻理由のところに事故の不注意と記入して、遅刻を愛自転車のせいにして職員室を後にした。
さて、今日の二限目は憂鬱な授業である。
コミュニケーション英語、縮めてコミュ英だ。
この時間には毎時間必ずペアで指定された単語帳のページの範囲の中から英単語の問題を出しあう時間がある。
本来であればコミュニケーションの機会を喜ぶのかもしれないが、隣はよく知らない女子だ。
名前すらうろ覚えであり、しかもペアワークの際に一切話しかけてこない。
「あ、単語どっちが先にやる?」
俺がそういうと彼女は決まって、じゃんけんのジェスチャーをしてくる。
この順番を指定しないというのがペアワークの中での俺の振る舞いをより難しくする。
まず、先行、すなわち単語の問題を先に出す方であれば、相手が限られた時間内でどこまで勉強したのかがわからない以上、初めの方ばかりを出す羽目になる。一度単語が分からなくて相手が沈黙してしまった場合の振る舞い方を俺は知らないからである。
次に、後攻。これは、相手が勉強している範囲はわかる。しかし、出す単語が悩ましいのだ。先に相手が出してきた単語を出すのは失礼にあたるのではないか、とか、出してない単語は覚えてないのではないかなど様々な葛藤がある。
じゃんけんで俺は先行を獲得した。しかし、珍しく向こうから、
「あ、ここからここまででだして」
と申告があった。
「おっけー」
と無難な返しをする。
淡々と問題を進める。
その三問目
「confirm」
上から三つ目の単語を出題する。
「言い放つ」
彼女は悩むそぶりも見せず答えた。
しかしその意味は二つ目のサブの方である。この時間では一つ目に来る意味の方をいうように決められている。
なので俺は
「あ、それじゃなくて・・・」
と、意味が違うことを暗に伝える
「えー…」
10秒ほどの沈黙の後
「わからん」
と素直な言葉が返ってくる。
俺は、
「確認する」
と、意味を伝えた。すると
「え?なにを?」
と返ってきた。
「え、この単語の意味だよ」
困惑しながら言うと、笑ってその場を収めようとしてきたので俺も適当に合わせてその場を収めた。
コミュニケーションが少ないとこう言うすれ違いはしょっちゅうである。
しかし何とかペアワークの時間を乗り越えたのである。
このクラスでは三年時に席替えを行なっていない。
というのも、担任の意向であり、理由はよく覚えていないが、そのせいで委員会活動に随分と苦労した。
俺は余って入れられた文化祭実行委員なのだが、二ヶ月ほど前にあった文化祭を準備する際に、クラスメイトの名前を黒板に書く機会があった。しかし、俺は席替えがないせいでクラスメイトの名前(特に女子)をほとんど覚えていなかったのである。
これが席替えのせいなのかは定かではないが、ペアの村上くんには随分な苦労をかけたなと思う。
文化祭では3年は売店をやって食べ物を売る。
他クラスでは、チュロス、焼きそば、チーズハッドグなど趣向を凝らしたものが多々見受けられたが、うちのクラスはポップコーンとフランクフルトだ。実行委員のやる気のなさが伺える。
飾りも特に拘らず、有志の女子が頑張って作ってた。
実行委員、仕事しろよ。
そんなことを回顧していたら、英語教員の醜いガッサガサの声で名前を呼ばれる。
何一つ聞いていないが、黒板にはヒントのあめあられ。解けないやついんのこれ?
そんな問題に答えて再び着席する。ペアワークさえ乗り切れば怖いものはないのだ。
卒業まであと98日