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きんぴらごぼうは斜め切りでも充分おいしい

「ササダ! お前まさか灯油でも盗みに行くのか!」


 そう騒ぎ立てた栗谷は、ササダ君の方ではなくこちらに向かってきた。裏口の扉をくぐるときわずかに身をかがめたがゲートを気にして、というよりは頭をぶつけないようにだろう。


「おいあんた、ササダにどんな悪さを教え込む気だ!」

「ちょっ、栗谷さん!? 何言ってるんですかっ!」


 ゴーグルを額まで上げながらササダ君もくっついてくる。


「ササダファンクラブは層が厚いわね」

「変な会作らないでくださいね!」


 栗谷の後ろでササダ君がわめくが、栗谷はそれも無視して私に近寄ってきた。


「あんた――」

 と、壁ドンの体勢ですごんだ彼は、急に眉を上げて言葉を止める。


「……いい匂いがするな」

「栗谷さあああんっ!?」


 ササダ君が悲鳴じみた声を上げたので、なんか色々反応が遅れた。


「ササダ、落ち着け。夜中だ」


 栗谷の言葉に、ササダ君はハッとしたように手で口をふさいだ。

 だめだこりゃ。


「……ごま油と、しょう油」


 確かに私は来る直前まで料理をしていた。

 仕事から帰って夕食を取り、仮眠して起きたらまだ三十分以上余裕があったのでぼんやり過ごすよりはとキッチンに立った。


「何を作ったんだ」

「……きんぴらごぼうだけど」


 ごぼうとニンジンは切って冷凍してあったものだ。おかげでささっとできた。


「それ、俺に食わせてくれないか」

「なぜ、初対面の男に手料理食べさせなきゃならないの」


「そうですよ! てか、一回離れましょうよ!」


 我に返ったササダ君が背中側から栗谷を引きはがそうと頑張っている。だが、そんなササダ君を栗谷はきれいに無視した。


「それは違う。あんた、この店の客だろ。見覚えがある。あんたは俺に見覚えは」

「ある」


「なら初対面じゃない」

「なるほど? いや、そうかな?」


「栗谷さん! だめですよ! 板野さんのまかないが食べられないからってお客さんにそんなこと頼んじゃ」


 ササダ君は、今度は横に回って栗谷を動かそうと頑張るが、栗谷はびくともしなかった。

 やはり見た目通り頼りない。


 ササダ君の頑張りとは無関係に、栗谷は壁ドンをやめて自らの額に手をやった。


「だが、俺はもう限界なんだ。惣菜だけでは生きていけない」

「自分で作ればいいじゃない」


「俺がまともに作れるのは、板野さんがみっちり仕込んでくれたこの店のスープカレーだけだ」


「それで手を打ちましょう」


 私はあっさり折れた。


十分じゅっぷん待って! 持ってくる!」


 私は背負っていたリュックをササダ君に渡して自宅に向かった。


 ササダ君が後ろでつぶれたカエルみたいな声を出していたが、構わず左右を確認して道路を渡る。


 ところで潰れたカエルの声ってなんだろう。もう潰れていたら声なんて発しないよね。ど根性なアレなら別として。

 

 なんて馬鹿なことを考えながらアパートの二階に駆け上がり、きんぴらごぼうをフライパンから保存容器に移し替えた。


 大き目のハンカチで包んでそのまま持っていく。



「家、近いんですね」


 本当に十分じゅっぷんで済んだかは分からないが、二人はちゃんと待っていた。

 ササダ君には「まあね」と適当に相槌を打って私はきんぴらごぼうを栗谷に突き付ける。


「感謝してよね。ゴボウは灰汁が指に染みついて大変なんだから」


「塩たっぷりつけてこするといい」

「そうなの? 今度やってみる」

「逆に今までどうしてたんだ?」


「自己申告。見てこれ、ゴボウ料理したら手まっくろー! って見せつけてた。そのうち落ちるし」


 そして後輩そのイチに「ほんと残念」とため息つかれるまでがセットである。


 栗谷は保存容器の中身を確認すると満足したようにうなずいた。


「手料理だ」


 期待されるとちょっと困る。適当だから。


「え? 斜め切り?」


 と容器を覗き込んで驚くササダ君の態度ははちょっと気に障ったが。

 ……柔らかく煮えておいしいのに。切るの楽だし。


「確かに受け取った。カレーは明日でもいいか」


 と立ち去りかけた栗谷だが、思い直したようにくるりと振り向いた。


「それはそれとして、そんな恰好でどこに行く気なんだ」

 私はササダ君と顔を見合わせた。


 ササダ君はニット帽とゴーグルとマスクを装備していた。


「シェフを探しに行くの」


 ササダ君に返してもらったリュックを背負い直しながら私は答える。


「心当たりがあるのか!?」

「ざっくりと」

「なら、俺も行こう」


 私は片方の眉を上げた。


「ついてこれるならね」



 簡潔に行って私は異世界のゲートに顔を突っ込む。これに慣れすぎて本物の蜘蛛の巣に顔を突っ込むようになったらどうしようと一抹の不安がよぎる。


 数歩進んで少し待つとササダ君が出てくる。ササダ君だけだ。


「やっぱ入ってこれないみたいね」


 ササダ君は肩をすくめた。


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