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灯油は定期購入が便利

タイトルのみ変更しました。


 店じまいをして、約束の時間までまだ時間があることを確認すると、僕は二階に駆け上がった。


 店舗の二階は住居スペースになっている。六畳一間が三部屋あり、風呂とトイレ共有。アパートではなく個人宅に間借りしているといったイメージだ。


 住んでいるのはキッチン担当の栗谷くりやさんと僕だけで、空いている一部屋を従業員の休憩所として使っている。

 一番奥が栗谷さんの部屋だ。


「栗谷さん、起きてるんでしょう。お話があります!」


 何度かドアを叩くと、薄く扉が開いた。

 こちらを見ている目だけが認識できる。


「……板野さん、帰ってきたのか?」

「いえ、まだですけど」


「板野さんが戻らない限り、俺はこの部屋を出ない」

「さっきコンビニ行ってましたよね」


 思わず突っ込んでしまったが、言い負かしてはダメだった。


「じゃなくて、仕事に出てくださいよ。手が足りないんです。仕込みだって!」

「イノスケにやらせればいいだろう」


「イノスケさんにはまだ無理です! シェフのとかなり味が違っちゃってます。それに、イノスケさんだって休まないと!」


「休み、休みか……。休みは誰にでも平等に与えられないとな。ササダ、そういうお前こそ休んでいないだろう。もういっそ、板野さんが帰ってくるまでみんな休みに……」


「だめですって! 潰れちゃいますよ! そうしたらまかないどころか無収入の宿無しですよ!」


「なにをいう。……ここは?」


「いや、さすがにタダでは住めないでしょう」


 沈黙が落ちたその時、階下から遠慮がちな声が聞こえてきた。


「おーい。ササダくーん?」

 あの人だ!



「すみません、今行きまーす!」


 階下に叫び返して、もう一度栗谷さんに向き直る。


「とにかく、仕事してくださいね。僕はちょっと出てきます」


「誰だ、ササダ。おまえ、まさかまた女を連れ込む気か」

「ないですからね。連れ込んだこと。またとか言わないでくださいね」

「そのつらで……?」


 栗谷さんはまだ何かぶつぶつ言っていたが、僕は構わず栗谷さんに背を向けた。


   □


 夜中にスープカレー屋の裏口に行くと、扉は開け放たれていたのだが、ササダ君がいなかった。


 その代わり建物ないから言い争うような声が聞こえてきた。

 潰れちゃうとかなんとか聞こえた気がして、このまま聞いているのも悪いので、戸口から一応声をかけてみた。


「おーい。ササダくーん?」

「すみません、今行きまーす!」


 待つほどもなく、ササダ君が二階から降りてきた。

 というかキッチンの奥に二階があることをたった今、知った。


 建物の大きさ的に二階があってもおかしくないのだが、まったく認識していなかった。ロッカーとか休憩室とかそういうものに使われているのだろうか。


「お待たせしました」


 さわやかな笑顔を浮かべるササダ君を見てふと気づく。


「ササダ君、ゴーグルは?」

「あ、本当だ。とってきます!」


 ササダ君は階段を駆け上がった。かと思うと、途中で「わっ!」と声を上げて戻ってきた。不思議に思ってみてみると後ろに誰か連れてきている。


 長い黒髪を後ろに垂らした、少し陰のある男だった。


 どこかで見たことがある。というか、キッチン担当の人だ。確かササダ君が栗谷さんとかなんとか呼んでた気がする。


 とりあえず会釈をしておく。返ってこなかったけど。


「ササダ、よく考えたらこんな時間に女と出かけるなんてダメだ。お前、未成年だろ」

「えっ!?」


 思わず大きい声が出た。未成年はマズい。


「違います。もう二十四です!」

「そうだったか?」


 と栗谷がササダ君に疑いの眼差しを向けるので、私もちょっと心配になったが信じるしかないだろう。


「とにかく、ちょっとゴーグル取ってきます」

「……なんでゴーグル?」


 不思議そうにつぶやく栗谷さんのわきをすり抜けてササダ君は階段を駆け上る。


 私は戸口から離れて、壁に背中を付けてササダ君が来るのを待っていた。

 栗谷が戻った様子もないからまだそこにいるのだろう。何となく居心地が悪いが仕方ない。


「ササダ! なんだその格好は、お前、まさか灯油でも盗みに行くのか!」


 私はちらりと扉から中をのぞいた。ニット帽、ゴーグル、マスクを装備したササダ君が二階から降りてくるところだった。


「灯油? うちは定期購入ですよ」


 などとササダ君は首を傾げている。


 ふだんあまり意識していなかったが、北海道には屋外に灯油のタンクを設置している建物が多い。ホームタンクと呼ぶらしい。そこから管みたいなものを通してストーブやボイラーに直接灯油を送ることで、いちいち灯油をシュコシュコ入れ替えなくて済むのである。


 ホームタンクは大きいもので四九〇リットル。住宅環境にもよるが、それだけあっても一冬超すのは難しい。定期購入したり、電話を一本入れて業者に給油してもらったりする。

 暖かい冬を過ごすために欠かせない燃料の一つなのだ。


 もちろん我々が行くのは異世界であって灯油ドロボウなどではない。

 真冬にアイスが食べられなくなるような非道な行為、するわけがない。


灯油シュコシュコで検索したら正式名称が分かる。

ということは、意外と灯油シュコシュコという言い方は一般的(?)なのではないでしょうか。


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