砂箱は北国の必需品
異世界のゲートをくぐると、ササダ君は先ほどとは違い落ち着いた態度で歩き始めた。顔を隠しているという安心感だろうか。
ゴーグル、マスク、ニット帽というフル装備の男とは異世界でもなければ隣を歩きたくないところだが。
「今、ご案内します」
建物に向かうのかと思ったら。ササダ君はすぐに足を止めた。
「彼が」
とササダ君が指し示したのは近くに立っていたポストみたいな物体だ。
正確には砂箱みたいだ。色も緑だし、四本脚ではなく二本足だというところをのぞけばまあ似ていなくもないと思う。
北海道では地域差はあるものの雪が多く降る。雪は解けてつるつるの凍結路面を作り出す。人通りや車通りの多い場所、横断歩道、バス停や駐車場付近、歩いていれば危険なスポットはいくらでもある。
そんな時に心強いのが砂箱の存在だ。中には粉砕した石が入った砂袋やペットボトルに詰められた砂が入っていて、通行人がここは危ないなと思った場所に適当に撒いていいのだ。
すると、つるつる路面はままああ滑りにくくなる。
あったらいいなと思う場所に結構な確率である。ないと腹が立つ。探すと意外にないポストよりはたくさん見かける、そんな存在だ。
さて、異世界の砂箱もどきには砂は詰められていないようだ。
ササダ君が砂箱もどきにそっと手を乗せ「献血」と呼びかけた。するとそいつは起動した。
「音声を日本語へ変更します。ようこそ●●×■へ。献血ですね。ご協力ありがとうございます。それでは、ご案内します」
一部聞き取れないところがあったが、それ以外は結構滑らかな日本語だった。女性のような少年のような中性的な声だ。
足がついているのだから今さら驚きはしないが砂箱ならぬ案内箱は歩き出した。
「では、あとは彼が案内してくれますので」
と、この期に及んで帰ろうとするササダ君の袖をがっしりとつかみ、私は案内箱にくっついて歩きだした。
献血会場は四畳くらいの狭い空間で、採血は機械で行われる。
四角い穴に腕を突っ込むと、左右からベルトが出てきて腕を固定され、銃撃される人に当たる赤い光みたいなので血管を照らされ、その位置に針が刺さる。
三回エラーを起こしてようやく私の採血が済んだ。
帰りにチケットを二枚配られた。このチケットがあればファミレスで飲食できるのだという。
ササダ君はやらないのか尋ねると、彼はだまって首を振った。
「それ、重そうですね。持ちましょうか?」
献血会場の出口で、ササダ君がふと気づいたように私のリュックを指さした。
「手ぶらだと落ち着かないからいい。ありがとう」
背中の荷物が多少重くても、ジャージにスニーカーという最高に歩きやすい格好なので平気だ。
それにササダ君の今の格好に大きなリュックだとますます怪しい、と思ったことは心の中でとどめることにして、一応お礼を言っておく。
次はファミレスに案内してもらおうと、案内箱にササダ君が手を置いたその時、背後からひよひよと声が聞こえてきた。
異世界人が二人いた。だが、少し変だ。
彼女らは昭和のビニール人形に見えない。もう少しリアルよりというか、美少女フィギュア寄りだった。しかもしゃべった。
「オニイサン、けんけつカエリ?」
「バンゴウは?」
などと。
「け、献血したのはこの人です」
とササダ君は震える声で私を指さした。
私は愛想笑いを浮かべて彼女らに手を振って見せる。
すると彼女たちは顔を見合わせ、肩をすくめて立ち去った。
砂箱の砂を実際撒いたことがあるかと聞かれれば、ない気もします。
人目があるときにまくのは若干勇気がいるし、人通りのない道には設置されていないんだもの。