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漢字で書くと女郎蜘蛛

 次の週、私はまたいつものスープカレー屋にいた。


 相変わらずマズい。いや、さらにマズくなった気がする。


 そもそも、スープカレーというものは、野菜をおいしく食べる料理だと私は考えている。スープがおいしいとか、骨付きのチキンがほろほろとかは基本であり、当前なのだ。


 素揚げにした野菜は彩りに過ぎないという人もいるが、違う。野菜こそが大事なのだ。

 そう気づかせてくれたのがこのスープカレー屋のシェフだった。



 今キッチンに立っているあいつ。

 いまいち清潔感に欠けるあの男を私はシェフとは呼ばない。認めない。


 食べ残すことをしないのは素材に対する敬意である。マズいスープカレーをかきこんで会計を済ませ、私は裏口へと向かった。



 扉を開けてずかずか入っていこうと思ったら、向こう側から両腕が伸びてきて、押し戻された。


 驚いて相手を見るとササダ君だった。


 ササダ君はこちらを牽制しながら器用に蜘蛛の巣のようなゲートを避けて外に出てくる。



「だから早まらないでくださいよ! しかも今日スカートじゃないですか、足型取られますよっ」


「足型?」


 彼はハッとしたように声を潜めた。正直今更だと思う。彼もそう思ったのか、ため息を一つついてから続けた。


「彼らは人間の足に並々ならぬ興味を抱いているんです。見たでしょう? 色んなものに足が生えている光景を」


「型ってことはアレ、成型されたものなのね。もいできたわけじゃなく」

「もぐっ!?」



「それにしてもあなた、やけに詳しいね」


 私がにっこりと笑うと、ササダ君は顔をひきつらせた。


「私も少し心細いなって思ってたの。ほら、シェフの顔もよく分からないし」

「いや、え?」


 ササダ君は分からないふりをする気なのだろう。私から目をそらした。体が少しばかりのけぞっている。


 私が一歩踏み出すと、彼は一歩下がる。


 笑みを深めてもう一歩詰め寄る。彼は半歩ほど下がる。もう半歩ほどで彼の後頭部がゲートに接触する。それを彼も理解しているのだろう。


 逃げ道を探してきょろりと目を動かした。



「あ、ジョロウグモ!」


 蜘蛛という単語に反応して、ササダ君はわずかに体を傾けた。あとは簡単だ。ほんの少し押してやるだけでいい。


 あっという間に異世界だ。



 ブロックを積み上げたような建物群が真っ先に目に飛び込んでくる。


 ビニール人形みたいな異世界人たちを見ても、二度目だからか、案内人をゲットしたせいか今回は案外冷静でいられた。


 代わりにササダ君が真っ青になっている。

 そんな彼を安心させるためにも一つ情報を開示しておく。


「そうそうこの辺ジョロウグモの生息地じゃないから。ジョロウグモって言われたらほとんど勘違いか見間違いか嘘ね。騙されちゃだめよ、ササダ君」


 最後まで言い終わらないうちに、私は肩を押された。


 あっという間に、カレー屋の裏口である。



「ななな! なぜその名前を!」

「ジョロウグモ? タランチュラくらい有名よね。漢字で書いてもたいてい読める」


「僕の名前ですよ!」

「そりゃよく呼ばれてるもの」


 ササダ君はショックを受けたように口元を押さえた。なんでか呼ばれやすい人間というものはいるものだ。


「お願いです。あちらではその名で呼ばないでください。SとかFとかで構いませんから」

「Fはどこから。あ、フロアってこと?」


「なんでもいいからササダと呼ばないでください!」

「ササダぁ! お前板野さんのカノジョ(?)さんに何してんだよ!」


 と調理場の方から場違いな罵声が聞こえてきて、ササダ君はさすがに目をとがらせた。


「今戻ります!」


 と返事だけしてすぐに私に向き直る。


「……板野さんて誰だっけ?」

「シェフですよ! どんだけ興味ないんですかっ!」

「あ、あるわよ! カレーには!」


 ササダ君は深いため息をついた。



「分かりました。案内しますよ」

「え、いいの?」


「シェフ――じゃない板野さんがいないと困るのは僕も一緒ですから。だけど、いいですか案内だけです」


 案内だけとササダ君は繰り返した。




 深夜、ササダ君と店の前で待ち合わせた。


「キャンプにでも行く気ですか?」


 ササダ君は私を見るなり呆れた声を出した。

 私は大きなリュックを背負っていた。

 スーツから着替えて、ジャージ姿だったし、そういわれても仕方がない。


「そういうササダ君は強盗でも行く気?」


 ササダ君はニットの帽子を目深にかぶり、スキー用のゴーグルをかけて、マスクをしていた。黒いパーカーにブラックジーンズを合わせ、手には軍手という念の入りようだ。


「向こうでは、それ、止めてくださいね」

「フロア君」


 言い直すと彼は満足したようにうなずいた。いいらしい。フロア君で。



「シェフが行きそうな場所、というか人間が行ける場所は限られています」


 ゲートをくぐる前に、ササダ君は私に軽く説明してくれた。

 ファミレス、足型登録所、そして献血がそうらしい。異世界といっても案外狭そうだ。


「そのうち、足型登録所には行く必要がありません」

 ササダ君はやけにきっぱりと言い切った。


「なんで?」

「僕には板野さんの足が判別できないからです」

「なるほど」


 確かに、それは私にも無理だ。

 スープカレーなら、シェフが作ったものかどうかすぐに分かるのに。


絡新婦だと妖怪に。

タランチュラは漢字で書くと大欄蜘蛛だそうで。

オニグモを漢字で書くと、世代によって思い出すキャラが違うこともあり得ます。



いぬやsy

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