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見渡す限り足ばかり

「わぷっ!」


 糸が絡む感触に思わず目を閉じる。やはり担がれたか。けれど、なんだか妙にまぶしいし音が――、誰かがしきりに走り回っているような音がする。


 あたりを見回すと、正方形のブロックを少しずつずらして積み重ねたような建物が目に入った。


 建物自体は水平だが、窓の向きはバラバラだ。ブロックはすべて同じ大きさで丸窓が一つというのも共通している。


 ざっと数えたところ七階建てだが、ブロックが小さいためそれほど高さを感じない。

 似たような建物がいくつも並んでいた。


 道は平たんだが曲がりくねっていて、簡単に方向を見失いそうだった。

 街路樹はココヤシのようだが、幹も葉のつき方も妙に真っすぐで出来の悪いおもちゃのようだった。


 一番妙だったのは走り回っているものたちで、それらは車夫のいない人力車のようなものだった。


 ただし、車輪がついているはずの場所に人の足がついている。


 乗客を乗せる台座はタマゴに似た形だ。車軸があると仮定して、それを軸にタマゴは斜めに傾いている。素材はプラスチックのように見えた。白地に緑の水玉模様があしらわれている。白地にピンクの模様のものもあった。


 車ならフロントガラスにあたる部分は半透明で、中に異世界人らしき人影が確認できた。


 タマゴから生えている足は様々だった。


 アスリートみたいな鍛え抜かれた足が走り抜けたかと思うと、ヒールを履いた美女っぽい足がカツカツ音を立てて歩いていく。ただし、足はタマゴをはさんで離れてついているので美女感は半減する。


 濃いすね毛のむさい足や、むくんで靴下のゴムが食い込んでいるようなものまであった。

 しかもよく見ると足が生えているのは乗物だけではなかった。


 窓ふきをする四角いゴンドラにも、道端に立っているポストみたいなものにまで足が生えている。足の方が幅をとっている。



 それにしてもこの街、建物も乗り物もなんだかコンパクトだ。この異世界、まさかおひとり様専用なんだろうか。


 恐る恐る前に足を踏み出しかけたそのとき、道の向こうからベビーカーを押す母親がゆっくりとこちらに近づいてくるのが目に入った。


 ベビーカーもタマゴ型で、当然の如く足が生えている。ただし、足首から下だけだ。

 子供らしき布の塊が乗っている。さなぎのように白い布でぐるぐる巻きにされているため本当に子供かどうかはよく分からない。


 母親の方と目があった。



 彼女は、人じゃなかった。

 しいて言うなら、昭和のビニール人形に似ている。


 テカリのあるチープな素材で、まつ毛がたっぷり描かれた青い目と、線を引いただけの口。わずかな突起が鼻を表し、間接のない細い手足を持っている。


 身長は120センチくらいに見えた。

 彼女が呼んだわけではないのだろうが、私の周りには徐々に異世界人たちが集まりつつあった。


 男らしき姿もあった。彼らもまた彼女とさして変わらない大きさだった。

 ひよひよひよと声が聞こえた。なんとなくエゾアカガエルの鳴き声を思い出した。


 集団で鳴きかわしているからかもしれない。

 話が通じそうもない様子をみて、私はゆっくりと後ずさりした。



 私はスープカレー屋の裏口に立っていた。

 ため息が聞こえた気がして顔を向けると、真っ青な顔で震えるササダ君と目があった。


「なんで行っちゃうんですか。異世界だって言ったじゃないですか! それに、蜘蛛の巣に頭突っ込むとか抵抗ないんですか!?」


 自分より慌てている人を見て、何となく気分が落ち着いた。


「ねえ? ドラゴンは?」

「大人の異世界にそんなものいませんよ!」


「年齢制限? まあいいや。それより蜘蛛の巣ついてない?」

「つきませんよゲートなんだから! うう」



 と、興奮していたササダ君はうめいてその場にしゃがみこんだ。


「スーツの似合うきれいなお姉さんだと思っていたのに……」

「あらありがとう」


「今日から蜘蛛おばさんに変更ですよ!」

「なんでよ! 本体いたらさすがに遠慮するって!」


「ほ、本体……?」

「うん。この辺だったらオニグモかなとか。毒はないけど、あれ顔に当たると痛いよね?」


 ササダ君は戸惑ったように首を傾げるばかりである。異世界のゲートよりはポピュラーな生き物だと思うのだけど。


 気になったのか、ササダ君はスマートフォンを取り出した。画像を見て悲鳴を上げて取り落としそうになっている。その時、



「ササダあ! いつまでさぼってる気だよ!」


 厨房の方から小太りでふてぶてしく、清潔感の欠ける男が出てきた。


「すみません。あの、この人、板野さんを探してるらしいんです」

「マジで? 親戚? え? コイビト?」


 妙なイントネーションでそう問われ、私は手をパタパタとふってやる。


「いえ、全然。板野さんって、シェフのことでいいのよね」

「え? 名前ご存じだったんじゃ?」


 名前どころか実は顔さえもうすぼんやりとしか分からない。正直にそう告げたらササダ君に怒られた。


「それでどうやって探しに行くつもりだったんですか!?」

「カレーの匂いをたどるとか?」

「考えなしですか!?」



 まずいカレーは人の思考を奪うのである。


エゾアカガエルは北海道にいるカエルの一種です。

そしてオニグモを検索するのはお勧めしません。

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