異世界人の正体は
ごめんなさい。やっぱりちょっとだけ虫出ます。
「マレマレ!」
シェフが呼びかける。だが、彼女が見ているのはササダ君だけだ。
「残念だったわねマレマレ! ササダ君はもう私のものよ!」
「……悪ノリですよね」
ササダ君から冷静な突っ込みが入った。
ちらりと見やると口調は冷静だが顔はまだ赤い。こっちまで照れるからやめてほしい。
「まあそうだけど。後ろに隠れてた方がいいんじゃない?」
「いえ、いつまでも隠れているわけには……」
ササダ君はそういうが、マレマレが近づくと結局隠れた。
マレマレはずいぶん人の血を吸ったのだろう。美少女フィギュアよりもさらに進化してリアル系のドールみたいになっている。
瞳はガラスを閉じ込めたみたいにキラキラしてて、鼻も口元もふっくらしている。動いてなければきれいなドールだと感心しただろう。
その口元からしゅるりと、口吻が飛び出すのを見た。
かなり怖い。が、頼りにされているんだから頑張らねばなるまい。私は彼女の口元に腕を突き付けた。
おそらく反射的に、彼女は私の血を吸ってしまったらしい。マズい、みたいなことを言いながら後ろに倒れこんだ。
「わー! マレマレ!」
シェフが慌てて支えるが、途中でぎょっとしたようにマレマレを取り落とした。
彼女の耳から、ぼとっ何かが出てきた。
丸々と太ったイモムシみたいなものが。ぼとっ、ぼとっとこぼれだす。
「あれ? おかしいわね。ゲートが蜘蛛の巣だったから妖怪の方のジョロウグモが正体でばーんと襲い掛かってくるかと思ったのに。イモムシ?」
形はカブトムシの幼虫に似ているが緑色だ。なんの幼虫だろう。
「まあ、口吻がある時点でちょっと変だなーとは……」
思っていた、と最後まで言い切る前におっさんたちの悲鳴でかき消された。
わーだのぎゃーだのぎえーだの。
「なに落ち着いて観察してるんですか! 逃げますよ!」
最初に正気に戻ったのは意外にもササダ君だった。私の手を取り、ついでにシェフの手も取って駆け出した。
「え? ササダ君、鍋は?」
「いいからっ!」
ササダ君に引きずられるようにしてゲートのところまでやってきた。
おっさんたちまでついてきている。
ゲートにたどり着いてほっとしたのもつかの間のことで、ゲートは赤く点滅していた。
「閉じちゃってる! 栗谷さあああん!」
ササダ君は慌ててスマホを取り出した。
「あ、何人か付いてきてる」
美少女フィギュア化している異世界人は通常のビニール人形的異世界人よりも執念深いようだ。
そんなにササダ君の血は魅惑的なんだろうか。なめてみる気にはなれないが。
私は首をひねって解決法を提示してみる。
「私の血でも振りまいてみる? 誰か刃物持ってない?」
「ヤメテ~!!」
と、やはりあちこちから待ったがかかる。
その時私は別のことにも気が付いた。どたどたと足音が聞こえてきたのだ。これはあれだ、足の生えたタマゴ型のやつがこちらに向かってきているのだ。
つまり強制退場。
だが今ゲートは閉じている。そしてこのゲートは無理やり通ろうとすると、バチっとこちらをはじくのだ。
困った。さすがの私もあいつらは追い払えない。
タマゴ型はすでに目算百メートルくらいのところまで迫っている。
「挟まれたら、押しつぶされるかも」
私の呟きを正しく理解したのはササダ君だけだった。
「栗谷さん! 今すぐ裏口開けてください!」
悲鳴じみた声で電話をしている。
けれど、どうにも栗谷の反応が鈍いらしい。
「早く! いいから急いで!」
そう言ったきり、ササダ君は電話に耳を澄ませるように唇を噛んだ。
私がそれなりに冷静でいられたのは、おっさんたちが大騒ぎしていたせいである。
それでも内心かなりハラハラしていた。
どたどた近寄ってくるタマゴ型を睨みつけていると、ササダ君がゲートと私の間にさっと割り込んだ。
一応かばってくれる気があるらしい。
「あれ? でも、こっちかな、そっちかな?」
タマゴ型から守るべきか、ゲートからくる衝撃から守るべきか迷ってちょろちょろしているのがちょっとアレだが。
最終的に彼のとった手段は私を抱きすくめるだった。驚いて声も出せずにいると、タマゴ型がどーんと体当たりしてきた。
ちょうどその時、ゲートの色が赤から緑の点滅に変わったのだった。
どさどさどさーと音を立て、私たちはスープカレー屋の外に倒れこんだ。
2話目に出てくるベビーカーの中身は実はイモムシでした。
本編中に入らなかったのでここで。
ということは、ずっと虫は出てこない詐欺をしていたわけですね。恐ろしい。




