シェフもうかうかやってくる
「シェフらしき人を発見した」
私は重々しくつぶやいた。
場所は閉店後のスープカレー屋だ。
少しずつ場所を変えつつ異世界にカレーの匂いを蔓延させること三日。
カレーにつられてやってきたのは三人のおっさんたちだった。
ここで彼らについて詳しく述べるのは辞めておく。心底興味がないからだ。
それよりも、そのうちの一人がシェフらしき人を見たというのだ。
ササダ君は、私の発言にしばし考え込むようなそぶりを見せた。
再び顔を上げたとき彼の目に決意が浮かんでいた。
「却下」
「まだ何も言ってません」
「一緒に行くっていうならやめとけば。また集まってくるよ。奴ら」
「平気です。オーイシさんがいれば」
「人を虫よけスプレーみたいに」
「いや、言ってませんし」
「私が虫よけスプレーなら君は発酵した樹液か。この樹液酵母め」
「意味の分からない罵り方するのやめてくださいよ!」
とササダ君の突っ込みが入ったところで店の裏口が開けられた。
「スコップ持ってきた」
と、栗谷が裏口から顔を出す。
私はササダ君と顔を見合わせた。
「なんに使うんですか?」
「何って、シェフが見つかったんだろ? ササダ、おまえ覚悟はできてるのか?」
ササダ君は首を傾げたが、私はハッとした。
「そ、その可能性は考えてなかったわ……」
「何がです?」
「シェフは異世界に行ったと、ササダ君は言ったけど誰もそれを証明できない。けど、シェフの失踪は事実なんだから……」
と、私は疑いの目でササダ君を見つめる。
「確かにどこかに埋められててもおかしくないわ」
「埋めてません!」
「ま、そうでしょうね」
「悪ノリ!?」
「ふっ、そろそろ名探偵が必要かと思ってな」
「そんなことのためにわざわざ物置まで? って、あれ?」
ササダ君もそこでようやく気付いたらしい。栗谷が持ってきたのはスコップなどではなく蓋つきの片手鍋だということに。
「持ってきたぞミミコ、けど、本当にこれでいいのか?」
「うん。いいのいいの」
私は笑顔で片手鍋を受け取った。入っているのはこの店のスープカレーだ。
「いつの間に」
「さっきミミコからフキと油揚げの煮物をもらった時だ」
ササダ君は絞り出すように「いつの間に」と繰り返した。
「ちょっとつまみ食いしたんだが、うまかったよミミコ、結婚しないか」
「ヒモは要らない」
きっぱり断って、なんか一人であわあわしているササダ君に向き直る。
「さて、ササダ君どうする? 本当に行くの?」
くだらないやり取りが続いたせいか、ササダ君が揺らいでいるように見えた。それでも彼はついてくるらしい。うん。立派立派。
ゲートをくぐり、異世界にたどり着くと私は十時の方向を指さした。
「あっちでシェフらしき人を見たとの情報が入った」
「非常にざっくりしてますね」
「ないよりはましでしょう」
そもそも本当にシェフがいるかどうかもわからないのだ。名探偵ごっこの続きをやる気はないので黙っているが。
ゲートから見て、十時の方向に建物は二棟ある。とりあえず近くから攻めることにして、私は適当なところでコンロをセットした。
異世界でカレーを温めると、望郷の念にかられた人々がふらふら集まってくる。
「あ、いたいた! 今日は何カレー?」
「俺、そろそろ一度帰ろうかな……」
「もうビールないの?」
おっさん三人が、好き勝手言っている。
「むしろなんで当たり前に自分たちの分があると思ってんの。情報ないものにふるまうものはない! さあ散った散った!」
適当にあしらうのだが、彼らは暇を持て余しているらしく、カレーをあきらめたものの去ってはくれなかった。
「こんなことしてたんですね……。もっと早く来てればよかったです」
と、ササダ君がおっさん方を睨みつつ強気の発言をしていられるのも、やはり異世界人たちをあまり見かけないせいだろう。
ササダ君やおっさんたちが気になるのか遠巻きに見てはいるのだが、私と目があるとそそくさといなくなるのだ。
「シェフの話をしようか。ほら、噂をすれば影って言うじゃない?」
「そんな簡単に出てきたら苦労はしませんけどね」
ササダ君は半信半疑だが、異世界は狭くカレーは偉大なのだ。
現に向こうから、また一人匂いにつられてやってきた。
しかも、若干見覚えがある。少し猫背で中肉中背。鷲鼻気味のあまり目立たない男だ。
こうして顔を見て、あ、こんな人だったなとようやく思い出したくらいには。
なんにせよ、作戦成功だ。
樹液酵母でパンも焼けるそうですよ。
響きはとても美味しそうですね。




