どこでだってカレーはおいしく食べたい
「大石! またおめーか! 職場でカレーをあっためるなって言ってんだろ!」
昼休み、給湯室でカレーの缶詰を温めているところを課長に見つかった。
うちの会社の給湯室にはガスコンロはない。小さめのシンクがあり、ポットとコーヒーサーバーが仲良く並んでいる。
収納スペースには来客用のコップ、洗い桶、洗剤の類、そして小ぶりの鍋とトングが入っている。
鍋とトングは私の私物だ。缶詰やレトルト食品をひっそりと温めるのに使う。
今も使っている。
鍋に缶詰をポンとおいて、ポットのお湯を注ぐだけだ。
お湯を使うのはカップ麺を食べるのだって同じだし、別に電熱器を持ち込んでいるわけでもないのに、そこまでうるさく言わなくてもいいと思う。
なので私はいたってまじめな顔で問い返した。
「なぜですか?」
「なんでっておめー、においだよにおい! 気もソゾロになるじゃねえか」
「昼休みですし、カレーに罪はありません」
そもそもまだ開けてない。私はトングを使い鍋から缶詰を引き上げるとハンドタオルの上にそっと乗せた。
お湯は後で洗いものに使うので取っておく。
「おめーに罪はあるよな?」
「お言葉ですが、課長。いついかなる時も冷めたカレーなど食べるべきではないんです」
「なにキリっとした顔でしょーもないこと言ってんだぁ。おめーなんてな、仕事ができなきゃとっくにクビだぞクビ!」
「おほめ預かり光栄です」
「ほめてねえよ! いや、ほめてんのか俺は? あ、おい、大石――――――!!」
実は構ってほしいだけのような気がする。
「大石先輩、あっちで課長が呼んでましたよ」
声をかけてきたのは後輩の清田だ。
「ああ、平気平気。さっき会った」
適当に返事をしながら缶詰を開けるとあたりにふわっとカレーの香りが漂った。
「カレーですか? おいしそうですね」
と相好を崩すので私は気をよくした。
「そうでしょうそうでしょう。よし、良い子にはこれをあげよう。グリーンカレーとどっちがいい?」
私は引き出しの中からカレーの缶詰を取り出した。引き出しの二段目はカレーに占拠されている。
「赤いほうがいいです。大石先輩とおんなじ奴」
うんうん。素直でかわいい子だ。両方上げたくなる、と思った矢先、
「じゃ、あたし緑」
自席で手弁当をつついていたもう一人の後輩、瀬尾がちゃっかりねだってきた。なのでそのまま進呈した。
「よしきた。緑ね。あっためるときは鍋使っていいからね」
「うぃーっす。夜食にいただきます」
「あ、大石! 後輩にまで悪しき習慣を広めるんじゃない!」
戻ってきた課長がまたワーワーわめき始めた。わいろで大人しくなるなら缶詰を渡すのだけど。
とにかく今は課長なんぞに構っていられない。早く食べないと冷めるじゃないか。
幸い、課長の相手は清田がしてくれている。
「カレーの匂いは、日本人の心を揺さぶりますからね」
清田がしみじみと言った。
その何気ない一言で、私の今日のプランが決まった。うまく行ったら、カレーをもう一個進呈せねばなるまい。
私はずっと、異世界に行くのに大きなリュックを背負っていた。
今日、その中身が役に立つ日が来た。
そう、リュックの中にはカレーが入っている。
レトルトカレー、缶詰のカレー、そして小型のカセットコンロである。小ぶりの鍋もちゃんと入っている。
とりあえずどこだっていいだろう。
案内箱の横に陣取り、ガスコンロをセットした。
レトルトカレーを鍋に移し替えて弱火にかける。湯煎するには水がなかった。うっかりだ。時々かき混ぜながら待つうちにあたりにいい香りが漂い始めた。
いつの間にか不自然なほど異世界人を見かけなくなった。
まさかカレーの匂いを嫌うのか、それとも私が怖いのか。私が怖いということにしておこう、カレーが嫌いだとか許せそうもないから。
さて、カレーを味見しつつ待っていると一人目が釣れた。
いや、正確にはまだ釣れていない。遠巻きだが、確実に興味を持っている。私はわざと気づかないふりをして、彼が少しずつ距離を詰めるのを待っている。
あれは、いつだったかはファミレスで声をかけたら、わめきながら立ち去った男じゃなかろうか。
焦ってはいけない。確実に呼び寄せるのだ。
しまった。ビールを持ってくればよかった。
面倒で缶詰直火にかけちゃうことあるけど、ダメなんだそうです。
明日湯煎でどこまで温まるのか試してみようと思います(←え……?)




