コーフンて分かります?
「さあ、話してもらうわよササダ君」
スープカレー屋に戻った私は、客席の一つを陣取って、ササダ君を問い詰めた。
「そうだ。話してもらうぞササダ。どれだけ俺が心配したと思ってるんだ」
栗谷はお茶を二つ私とササダ君の前にとんとんと置いてから、自身も手近な椅子を引いてどっかと腰を下ろした。
「ご飯を食べたあとがありますけど――」
カウンターの一番端の席には、確かにきんぴらごぼうをおかずに米と汁物を食べた痕跡がある。
「って、あ! あれ全部食べちゃったんですか!」
「食べたかったのかササダ。あれ食べたいって反応だったか?」
そんな風に見えなかったのは確かだが、栗谷がいるといつまでも話が進まない気がする。
「ちょっと、まぜっかえさないでよ。食器でも洗ってなさいよ栗谷」
「え、呼び捨て?」
となぜかササダ君がショックを受けたようにつぶやいた。
「ああ、まずは礼を言わないとな。ありがとうミミコ。うまかったよ」
あまりにもまっすぐにお礼を言われ、不覚にも私は赤面した。けどすぐに「ん?」と疑問が浮かぶ。
「……名乗ったっけ? 私」
「これに書いてあった」
と栗谷はきちんと折りたたんだハンカチを持ち上げてちょっと振って見せた。
「持ち物に名前を書くタイプか」
「高校くらいまではね!」
うかつだった。確かにあのハンカチは高校時代のもので、大きさがちょうどいいから取ってあった。
名前を書いた覚えもある。けどだいぶ薄れていたはずなのによく読み取ったものだ。
こちらの動揺など気にも留めずに、栗谷は席を立ち本当に食器を洗い始めた。
それを憎らしくにらんでいると栗谷はふっと笑った。
「可愛いなお前」
ここまでされると笑うしかない。半笑いだが。
「ちょ、ササダ君! なんなのこの人。たらしかジゴロかスケコマシなの!」
「引きこもりです!」
「うそうそ! こんなにスムーズに女くどく引きこもりなんて存在しないでしょ!」
「強くてニューゲーム」
と栗谷がつぶやく。
「意味が分からない!」
騒ぎすぎたので、お茶を飲んで一息入れて、ササダ君と顔を見合わせる。
意見は一致した。すなわち。
「栗谷さんがいると話が進まないので、ちょっとあっちで鶏肉の下処理でもしててくださいよ!」
「え、なにそれ素敵! 見たい!」
「ハイハイ。オーイシさんはこっちです」
「……とは言えササダ君。さすがに連続で異世界に行って疲れたわ。私もう眠さが限界。だから聞きたいこと一つだけ聞くわ」
「はい。何でしょう」
「あの人たち口はどこについてるの?」
「……は? はい?」
「あの小さな口でササダ君を頭から齧れるとは思えない。正面についているのはダミーで顔の後ろに牙の生えた大きな口とかがついてるんじゃないの?」
私がまじめに聞いてるのに、ササダ君はテーブルに突っ伏した。
「質問て、それでいいんですか?」
「うん」
「えーと、あの――コーフンて分かります?」
「蝶や蛾がもつ蜜を吸うための器官ね」
「一発で変換しましたね」
「そりゃ、気持ちの方の興奮を分かりますかと聞かれたらなんだとこのガキ馬鹿にしてんのかって思うけど、口吻ならすぐにはピンとこない人もいるんじゃない? そっか、それで血を吸うんだ」
「あの、言っておきますけど主食はアレですよ。あの、ココヤシみたいな街路樹の実」
「ええ……?」
そうはいってもにわかに信じがたい話である。
これで2章(というか二話目という感覚なんですが)終わりです。
まだ続きます。




