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ここは監視下にある

 異世界は相変わらず足音がうるさかった。


 ブロックを積み上げたような丸窓のビルが立ち並び、カーブの多い道を足の生えたタマゴ型の乗物が走り回っている。


 乗物には乗らずに、道を歩いているものもいる。

 昭和のビニール人形みたいな彼らが私たちにひよひよひよと声をかけてくる。


 挨拶かなんかだと受け取って、私は笑って手なんか振って見せる。すると目をそらされる。

 彼らの本命であるササダ君はといえば、私の陰にかくれるようにコソコソしている。


 道の途中で案内箱――通訳兼道案内の歩く箱――を見繕い昨日と同じように献血へ行った。


 献血会場の前には昭和のビニール人形から美少女フィギュアへと進化(?)した異世界人がいた。彼女たちはササダ君を取り囲んだ。一人増えて三人になっている。


 私が献血したのだと教えても、今日はちょっとしつこかった。


「アナタもケンケツする」

「さーびすスルヨ」

 

 異世界人からササダ君をなんとかひっぺがして、私たちはファミレスにやって来た。そこには先客がいた。男が二人。人間だ。


 一人掛けの椅子がずらりと並ぶ狭い店で彼らは不自然なほど離れて座っていた。

 シェフのことを何か知っていないかと、思い私はすぐさま声をかける。


「あの」


 と営業スマイルで声をかけた途端、一人が無言で席を立った。そしてそのまま店を出ていく。


 驚きつつ、もう一人の方に声をかけようと数歩足を進めると、そっちの男は「話しかけんなよう!」とか半泣きでわめきながらどこかへ行ってしまった。


「何あれ。確かに不審者連れだけど、私は普通の社会人なのに。なんなの?」


「普通の人はスープカレーのために異世界きたりはしないかと……あ、いえなんでも」


 ササダ君は顔をそむけたが、そこまで言ったら最後まで言っても同じじゃなかろうか。


 ムカムカしながらメニューをめくるが、やはりカレーがなかった。


 仕方ないので紅茶を頼み、匂いを嗅いでわきへ置いた。無臭だった。

 ササダ君は居心地悪そうにメロンソーダをストローでかき混ぜた。


「よく考えたら、ファミレスなんてそう長居できないよね。せいぜい数時間? こんなんで本当にシェフを探せるのかな」


 頬杖を突き、じっとりとササダ君を睨みつけると、彼はぎくりと肩を震わせた。


「本当は、他に心当たりがあるんじゃないの?」


 シェフの失踪から私が知る限り三週間。そんなに長い期間、献血とファミレスの往復だけで暮らせるだろうか。協力者の存在は不可欠だ。


 ササダ君は言いづらそうに口を開いた。


「シェフは、こちらの世界のどなたかと同居しているのだと思います。その場合、探し当てるのはかなり難しいです」


「どうして?」


「人間を独占することは禁止されているんです。それを無視してシェフと暮らしているのだとしたら……」


「見つけられないための工夫をしている、と」


 ササダ君は無言で頷いた。


「それ、なんで最初から言ってくれなかったの」


 するとササダ君は観念したように深く息をはいた。


「探すべき場所は多くないというのは、我ながらずるい言い方だったと思います。僕が案内できる場所は多くないときちんと説明するべきでした。……僕には、彼らの住まいまで行くことはできません」


 私が口を挟もうとすると、彼はすっと手を挙げてそれを制した。


「すみません。これ以上は……、少なくともここでは言えません」


「でも、なんでファミレス? こんなカレーもないようなファミレスには心底用がないんだけど」


「……カレーの有無はともかく。ファミレスに来たことは一応意味があるんです。あの、壁側の席の方、あ、視線は向けないで!」


 一人掛けの席がずらりと並ぶ壁面のことだろう。止められたときにはもうそちらを見てしまった後だが、すぐに首を前に戻す。


「あの壁、マジックミラーみたいになってるんです」

「つまり、向こうからこちらをのぞき見できると? なにそれいかがわしい!」


「さ、騒がないでくださいね! 聞かれるとマズいんです」


「んー? もう遅いんじゃないかな? なんかひよひよ聞こえる」

「え!?」


 ササダ君はガタっと音をさせて立ち上がる。


「出ましょう。今すぐ」


 それがあまりにも切迫した様子だったので、私もつられて席を立ち、床に置いていたリュックをさっと手に取った。


 我々がファミレスの出口から飛び出すと、わずかに遅れて扉の開閉音が聞こえた。


 振り返ると、ファミレスの奥の方から異世界人たちがぞろぞろ出てきていた。

 呼び止めるかのように、ひよひよと騒いでいる。


「あれ、全部フロア君の出待ちなの?」


 冗談めかして言ったのだが、ササダ君の返事はなかった。彼は立ちすくんでいた。これはからかっている場合じゃなさそうだ。震える彼の手を取って、私は走り出した。


 幸い彼らはみんな徒歩だ。タマゴに乗っていなければ追い付かれることもないだろう。



 だが、ゲートまで来たところで私たちは行き詰った。


 バシッと大きな音がして、私はゲートから弾き飛ばされた。支えてくれようとしたササダ君ごと地面に倒れこむ。


 慌てて起き上がって蜘蛛の巣のようなゲートに触れるがやはり弾かれる。


「何、これ……どういうこと……」


 ゲートが閉じていた。


 私たちは帰れなくなった。


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