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恋鉄のメカニカ  作者: UZI抹茶
3/8

革命の狼煙は上がるのか? 

 しばらく私は彼が消えた空の彼方を茫然と見つめていたものの、急に金縛りが解けたように、フラッと家路についた。そしてシャワーをそこそこに浴びて、ベッドに潜った。

 翌朝、目覚めた私がまず思ったのは、昨日のことは夢だったのかもしれないということだった。

 流れ星を追って丘を目指したら、そこで金属生命体とドラマチックなファーストコンタクトをした、なんてこと現実に起こり得るはずがない。精々あったとしても、白馬の王子様と私がロマンチックな出会いをしてしまうぐらいが関の山のはずだ。

 第一、本当にエイリアンと遭遇していたのだとしたら、私の反応が不自然だ。冷静に対処しすぎている。本来の私であれば、あのような一大イベントを受け、テンパって「ご、ご趣味はなんでしょうか!」などと的外れな質問を一つや二つしていたとしても、おかしくはないはずなのだ。

 となると、あれほど冷静な反応をすることが出来たのは偏に、『これは夢の中なんだ』という無意識下での自覚が存在した可能性が高い。

 通いのお手伝いさんが用意した朝食を頬張る頃には、私の中で昨日の不思議なイベントは『夢の中の出来事』という形で落ち着いていた。

 刺激的な体験を求めていると、あのような夢を見てしまうという新しい発見を自分の脳内記憶領域に書き込みつつ、私は学校指定の制服に袖を通した。夏休みも終わり、今日から登校日である。

 それにしても、あんな素晴らしい体験が夢だったとはもったいなかったな、と残念に思いつつも、靴を履き。

 そんな素晴らしい夢のことを思い出の一ページにしまいながら、玄関を出た。

 代わり映えのしない平凡な日々が、また始まる。


 


 学校が始まって一週間した頃だろうか、私のクラスに転校生がやってきた。

「今日からこのクラスでお世話になります、鈴木小太郎です。どうかよろしくお願いします」

 丁寧な自己紹介を終えると、彼は深々とお辞儀をした。

 夏休みが終わった学期の節目といえど、珍しい時期の転校生に教室がざわめく。かくいう私も、突然のことに少々驚きが隠せない。

 しかし、それだけのこと。彼には大変、失礼なことではあると思うが。、『鈴木小太郎』というヒロイック性の欠片も感じられない平凡な名前に、私は大して惹かれなかった。刺激の足りない炭酸飲料のような、凡夫オブ凡夫を地で行く名前だと思ったくらいである。……流石に言い過ぎでした、全国の鈴木さん、小太郎さん、すみません。

 というわけでだ。時期外れの転校生も、盛大な刺激を求める華の女子高生である私にしてみれば、いつもと変わらない日常の一部なのだ。


(あぁ、足りない、刺激が足りない)

 

 私はこういう時、窓際の席に自分が座れたことが僥倖だったと本当に思う。過ぎるのが待ち遠しいほどの平凡な時間も、窓の外を眺めているだけで知らない内に終わっている。

 今回もその例に漏れず、私は退屈な時間を無意味かつ、効率的に過ごすために青い虚空へと意識をダイブさせようとして――姿勢をもとに正し、クラスを見まわしていた彼と思わず視線が絡んだ。

 思わず私と視線が合ってしまった彼は、理由は不明であるがその顔に驚愕の様相を貼りつかせる。一方、私の方はといえば、脳裏にある一言を浮かべていた。


 ――み つ け た。


 彼は怯えるように頬を引きつらせ、恐怖の表情を見せた。

 何故、彼がそんな表情したのか、今度は私にも理解できる。先ほどの一言を頭に浮かべた時、私の眼光がまるで、獲物を見つけた肉食獣が虎視眈々と機会を伺うような、恐ろしく鋭いモノになっていたためであろう。思わずのこととはいえ、彼には謝罪したい点だ。

 私は心の中で彼への謝罪を済ませると、引き続き肉食獣の如き眼光で彼を射抜く。彼は異様なほどの熱量を放つ瞳から逃れるように、そっぽを向いた。それでも構わず彼に熱烈な視線を注ぐ私。

「せ、先生。俺の席はどこですかね?」

 自分にぶつけられている正体不明のおどろおどろしい想念に怯えながら、彼は先生へとそう促した。

 水を向けられた先生はと言えば、彼の必死さに気づいていないのか、のほほんとした調子で空いている席を指さした。 

「ん、そうだな……。じゃあ、窓際の、一番後ろの席が空いているだろう? あそこが今日から鈴木の席だ……ん、どうした? ボケっと突っ立って。ん……あそこが本当にお前の席かって? 何を言い出すかと思えばそんなことか。そーだ、正真正銘、あそこがお前の席だ。分かったのならさっさと座れ……ってなんだその生気が完全に抜け落ちたゾンビみたいな顔は。体調悪いのか? いや、大丈夫だって? そ、それなら良いんだが……と、とりあえずだ、分からないことがあったら前の席の獅子王ってヤツに訊くと良い――それじゃ、早速今日の授業を始めるぞー」

 こちらには聴こえないぐらいの声で、彼は先生に一言、二言文句を言ったようだった。しかし、全く聞きいれて貰えなかったのか、意気消沈した面持ちで教卓を後にした。

 見かけたら心配して、つい声をかけたくなってしまうぐらいのフラフラした足取りで歩を進めた彼は、やがて先生に示された席へと腰を下ろした。

 私は早速、私の席の後ろに座った彼へと自己紹介を畳みかけた。

「これからよろしくお願いしますね、鈴木さん。私、獅子王レナと申します」

「コチラコソ、ドーモヨロシクオネガイシマス。シシオーサン」

 彼は能面のような表情で、こちらを見ると酷くぎこちない挨拶をかわす。それこそ端正な顔立ちが台無しになってしまうぐらい、不自然な表情だった。

「あら、そんなに恐縮なさらなくても……獅子王さんなんて堅苦しいことは言わずに、どうぞレナとお呼びくださいな」

「イエ、ソンナナレナレシイマネ、ボクニハトテモデキマセンヨ」

「そうおっしゃらずに、是非レナと……」

 彼が頑なによそよそしい態度を取るので、私は根気よく態度を軟化させようとお願いを続ける。しかし、彼はそれでもお堅い態度を崩さない。  

「イエ、ソンナ……」

「そう言わずに……」

「イエ、ソンナ……」

「そういわ……」

「イエ、ソ……」

「そうい……」

「……」

「……」

「……気軽にレナと――」


「ええいっ、じゃかましいわぁ!」

 

 同じような問答を幾度か繰り返した頃、ついに痺れを切らしたのか、彼は怒鳴り声を上げた。声を張り上げる彼の表情は、人間味のない仮面を貼りつけたようなものではなく、血の通った人間そのもの柔らかさを持っていた。ただし、怒りの相だが。

「やっと、フランクな口調で話していただけました! 私、大変嬉しいですよ!」

「むしろフランクから一歩後退してるわ! どこに? なぁ、俺のさっきのセリフのどこにフランクさを感じ取った?」

「初対面の人間に怒鳴り声上げるなんて、むしろ逆にフランクさ満点なのでは?」

「言われてみればそうだったわ! 盲点だったわ! でも、悲しいかな、俺の先ほどのセリフに含まれているのは百パーセント敵対心だ!」

「――まぁ、そんな風におっしゃるなんて……!」

「っ……! 悪い、どんな理由があろうと、流石に初対面のヤツに嫌悪感丸出しはマズかっ……」


「――むしろ、私への照れ隠しなのでは!」


「激 し く 不 本 意 な 勘 違 い !」

 彼はついに大声を上げることだけでは事足りなくなったのか、区切るような語調で喚きつつ、勢いよく席から立ち、全身で悲しみを体現する『不本意の型』(言語化不能のため便宜上そう呼ばせてもらう)をとった。正直、それはクラス中のイタイ視線を一斉に集める、大変イタイ行為だったのだが、

普段の私であったらともかく、今の私にはそんな野暮な事を指摘するような余裕はなかった。

 照れ屋さんな彼の、あまりにも可愛い照れ隠しに身もだえてしまっていたのだから。 

「おーい、お前ら。今、授業ちゅ――」

「えぇい、体をくねらせるな! 気持ち悪いだろうがっ」 

「き、気持ち悪いだなんて……なんて可愛らしい照れ隠しなのでしょう! 直球の悪口と見せかけて、むしろその実はデレデレだなんて鈴木さん、可愛すぎますっ」

「いーやいやいや! 照れ隠しでも何でもなく、悪口だから! この上ないほど最上級の悪口だから! 脳内お花畑かよっ!」

「脳内お花畑だなんてっ……『貴方の脳内はまるでお花畑のように華やかで美しく、独創的である』という、むしろ最上級の褒め言葉なんですね、わかります!」

「オゥっ! マイっ! ガっ! このお嬢さん、全く日本語解してねぇよ!」

「おーい、聴こえてるか~今、じゅぎょ――」

「さらにノリの良いツッコミまでこなすなんて、本当に鈴木さんは面白い方ですっ! 退屈で、つまらなくて、何の面白みもなく、ただただ無意味な授業にこれだけの彩りを与えてくれるなんて流石です!」

「――突然だが先生、旅に出ることにした。理由は訊ねないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

『せ、せんせ――い!』

 先ほどから私たちを呼ぶ声が聴こえてきたような気がしたが、今の私はキラキラとした瞳で彼を見つめるのに必死で、そのような些細なことに意識を割くような余裕はなかった。

 視界の片隅に教室を矢のような勢いで飛び出していった先生を認めたものの、私は構わず彼との談笑に勤しむことにした。


「――で、鈴木さんのご趣味は何でございましょうか」 


「あいや、待たれい! 何故、何事も無かったかのように会話を続けられるっ。傷つき、嘆きながら教室を飛び出した教師を見てお前は、何も感じなかったというのかっ! 悪魔かっ? 人の皮を被った悪魔なのかっ?」   

「え、えっと、鈴木さんが何をおっしゃりたいのか私にはとんと理解が……」

「筋金入りなのかっ、この悪魔はッッッッッッッ!」

 頭を抱えながら、狂ったように頭を振り乱す彼。机に叩きつけるのではないのかという勢いで、彼は頭を上下させる。私はそんな彼の正気を心配しつつも、会話に花を咲かせる。

「ま、まぁそんなにカッカせず、落ち着いてくださいませ。で、ところで鈴木さんのご趣味は何でございましょうか」

「せめて、そのお見合いみたいなノリだけはやめてくれませんかねぇ!」

 鈴木さんの悲しい絶叫が、唐突に自習になったことにより騒がしくなった教室に掻き消えていく。

 普段なら、退屈で終わるのが待ち遠しい空虚な時間は、信じられない程あっという間に、とても温かく過ぎていった。


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