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RAKUBUの青春  作者: はる
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プロローグ

 (かぜ)(もり)学園中等部の生徒会室、西日が差し込み副会長であった(・・・・)自分の席が、ただまぶしいだけでいつも文句を言っていた時間帯も今日ばかりは感傷(かんしょう)に浸るに足る特等席だった。彼、()(しま)(こう)()は風の森学園中等部の生徒会副会長として責務を(とどこお)りなく一年間果たし、この日中等部を卒業した。生徒会業務の引継ぎなどはとうに済んでいるので、ここに来る必要はなかったのだが、昂貴としてはこの一年のすべてがここにあるような気がしてつい足が向いたのだった。


「生徒会、楽しかったな。また四月からはいちばん後輩の一年からやり直しか……。」


 別に先輩(づら)をしたいわけではないが生徒会メンバーとして中等部全体をまとめながらいろいろなイベントを企画して仲間たちと悩んで悩んで最終的には成し遂げるという感覚はとても充実したものだった。


「なあにカッコつけて感傷に浸ってるのよ。もうみんな帰ったんじゃないの?そういえば会長はどこいったのよ?後輩ちゃんたちが探してたわよ。」


「なんだ、()(れい)か。今日くらい感傷に浸ってもいいだろ。それに『元』会長だろ。(さとる)ならここに来る前に別れたぞ。なんか呼び出されてるんだとさ。まあ、今日みたいな日は大変だろうな。」


 ハハハと昂貴は軽く肩をすくめながら笑う。昂貴たちの代の生徒会長である城澤(しろさわ)悟は成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗(たんれい)云々(うんぬん)かんぬんと、まあ言ってしまえば『完璧野郎』『人気者』なのだ。今日も学ランのボタンは(またた)く間になくなり、卒業生からも後輩からも追いかけまわされていた。途中までは(かく)(みの)として付き合っていたのだが、生徒会室に行くと伝えると「では俺は別行動をとるとしよう。」と言ってどこかへ去っていった。昂貴が生徒会室で感傷に浸ることを見越してそこまで追手(おって)を連れ込むわけにはいかないと考えてくれたのだろう。気の()くいいやつなのである。そりゃあモテるわ、と昂貴は思う。


「そういう美玲はどうしたんだ?お前も悟に告白でもしに来たのか?」


「はあ?あんたは何を言ってるんだか。私が城澤に告白なんかするわけないでしょ。」


 ばからしいとでもいうように美玲はあきれて見せた。まあその通りで、美玲が悟に惚れるなんて何かのドッキリでしかないことは昂貴にもわかっていた。

 ()()(まい)美玲、なんとも仰々(ぎょうぎょう)しい名字(みょうじ)であるが、こちらも成績優秀・容姿端麗である。『超』がつく美人である上に、獅子舞家といえばだれもが知る名家の令嬢ではあるが、嫌みなところはなくだれとでも()(へだ)てなく接するため、多くの友人に囲まれるこちらも人気者である。昂貴とともに生徒会副会長として悟を支えた生徒会メンバーのひとりだ。悟と美玲という『超』人気者がそろった生徒会は「歴代最高の生徒会」として称されていた。その人気者ふたりをサポートしてきたのが昂貴だった。


「私は一応最後に生徒会室に来ておこうと思って来ただけよ。」


 言いながら美玲は昂貴の隣をひとつあけた自分の席指定席に座った。


「なんだ、美玲だって感傷に浸りに来たんじゃないか。」


「ええ、そんなところね。まあ、昂貴がいるかもとは思ったけどね。あんたロマンチストだし。」


 昂貴をからかうように両肘をつきながらニヤニヤ言う美玲はいつものことである。令嬢である美玲とは小学校は違ったが、家が近く幼馴染といえる昂貴からすれば見慣れた表情であった。


「はいはい、どうせロマンチストだよ。お前や悟と一緒にいるせいで思いにふけるのが上手くなっちまったんだよ。お前らが注目されまくるせいで、あーだこーだと騒がしいったらないからな、自分の世界を作るのが上達(じょうたつ)したんだよ。」


 人気者ふたりと過ごす毎日は大変なものだった。ふたりの一挙手(いっきょしゅ)一投足(いっとうそく)に黄色い声があがる。最初はうんざりしていたが、そのうち完全にスルーする(すべ)を身につけ自分の世界に逃げ込むことができるようになっていた。


「あら、すてきな能力じゃない。私みたいにサラっと対応できるようになればさらにいいんじゃない?」


 などとのたまう美玲に昂貴はへいへいと手をひらひらさせてあしらった。


「あんたねえ、まあいいわ。生徒会、楽しかったわね。」


 どこを見るでもなく、ふと美玲が言った。昂貴もまったく同じ気持ちだった。この一年はとても楽しかった。


「ああ、楽しかったな。高等部でまた生徒会メンバーになったとしても早くて二年後か……。遠いな。」


 昂貴たちにとって二年という時間はとても長く感じるものだ。大人になると二年なんて『いつの間にか』過ぎ去っているものであるが、学生にとっての二年後は、想像なんて到底できない遠い未来なのだ。

 遠い目をする昂貴を横目に見ながら、美玲はスッと立ち上がると窓際へ行き外を見る。今日は卒業式だったこともあり、部活動は休みとなっている。そのためいつものような運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音は聞こえてこない静かなグラウンドが西日に照らされて光っていた。しばしの静かな時間が流れ、


「別に生徒会に入らなくたって昂貴ならできるんじゃない?」


 美玲は振り返って昂貴にそう伝える。背に受ける西日がまぶしくて美玲がどんな表情をしているのかは昂貴からは見えないけれど、昂貴はなんとなくその表情が想像できた。昔から美玲は昂貴に無理難題を押し付けるのが好きだ。いつもその整った顔でいたずらそうに笑いながら言うのだ。


「ねえ、この一年以上に楽しい高等部の三年間にしましょう。私たち二人だって、城澤を含めて三人だって、時にはいろんな人を巻き込んだっていいから、楽しい毎日を送りましょう。」


 美玲は言う「昂貴ならできるわ。」と。


 昂貴も思う「美玲や悟といっしょなら高等部での毎日もきっと楽しくなる。」と。そして「楽しくしてみせる。」と。


 昂貴はおもむろに立ち上がり、窓を開け放つ。三月でもまだ夕方の空気は冷たい。ひんやりとした風が生徒会室を満たす。しかし、昂貴は熱を帯びていた。


「しゃあねえな! 高校生生活も楽しくしてやろうじゃんか! せっかくの高校生だもんな、二年後を待つなんてもったいない。毎日充実した時間を過ごすぞーーー!」


 美玲は隣でやれやれといった表情だ。下を歩いていた生徒たちは驚いて校舎を見上げるが、すぐに自分たちの話題に戻り去っていく。

 まぶしかった西日はだんだんと地平線に近づき、あたたかい夕日になりつつあった。

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