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星のこどもたち  作者: あすなろ
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いつもの朝

 遠吠えに目が覚めた。

 目蓋を開くと青白い光月光が地面を照らしているのが見える。リュカは木にもたれていた上半身を起こすと、小さく伸びをして空を見上げた。今晩の月は見事な満月と三日月で、東と西に同じ角度で見える、三ヶ月に一度の日だ。春の夜の穏やかな風が、無造作に切られた彼の黒い前髪をふわりと浮かす。また遠吠えが聞こえた。

 日が沈む前に集めた木の枝に火をつけて、リュックサックの底からここ一帯の地図を取り出す。今日進んだところまで印をつけると明日の進路を脳内で確認していく。このままだと予定より早く目的地には着くことができるだろう。そうすればカフネも喜ぶだろう、と草の生えた地面の上に無防備に転がる少女に目をやる。規則正しい呼吸をしているようで、肩に掛かった毛布が動いている。長い睫毛の先を辿ると、頬に出来た新しい傷が目にはいる。どうやら今日ついたらしく、適切な処置をしていないため、傷口にいまだに赤黒い血がこべりついている。膿んでしまうと面倒くさいので、起きないように軽く消毒をしてやる。消毒を終えて再び地図に向かい、消えかけた火を足すためにマッチを漁っていると、寝ていたカフネが身を起こすのが見えた。

 「リュカ。眠れないの?」

 目を擦りながら問うてくる。軽く充血した瞳が、ぼうとこちらを焦点の合わないまま見つめてくるのを無視して、地図に書き込みを続ける。

 「分かった。さっきあった商人のおじさんがしてくれたしてくれた怖い話にびびって寝れないんでしょー」

 にやにやと、煽るような口調でカフネは笑う。相手にするのも面倒くさいので無反応を決め込んでいると、沈黙に耐えられなくなったカフネが、隣に胡座をかいて座った。腰まで届く少しかさついた赤髪を、適当に三編みにして左肩に流すと、リュカの手元の地図を横から覗きこんでくる。その拍子に、カフネの少し大きいシャツの首元が大きく開いて、控えめに育った部分が視界に入る。しかし、旅の同行者に欲情するような間抜けな男ではないリュカは、ただ、あれだけがカフネが女だと証明する証拠だな、なんて失礼なことを考えていた。

 カフネの吊り目がちな黒い色彩の瞳がらんと輝く。

 「お。この道が今日通ったところかー。なら明日中にでも着くかもね、リトの街に」

 「少しペースをあげたら日没前には確実に着くと思うよ。そしたら念願の『麺料理』ってのが食べられるね」

 「よっしゃあ!いやーもう、お腹がすいてすいて」

 考えたらまたすいてきた、とお腹をさすっている様子に、幸せな人だと思うが無理もない。何故なら、三日間彼らはまともなご飯にありつくことができていないのだ。さらに目指している都市には、まだ見たことも食べたこともない料理があるのだという。それに期待せず、何にするというのだ。興奮していることが僅かに表情に出ていたのだろう。満面の笑みを向けてくるカフネに、腹の音が移るから止めろ、とそっけなく返すとけたけたと彼女は笑った。

 「もしこれで食料不足です、って言われたらどうしよう。間違いなくふて寝するから」

 「面倒くさいことはしないでよ。…それに、笑い事じゃないから質が悪い」

 明日の進路の確認も終わり、用済みとなった地図を片付けながら言葉を返したリュカに、カフネは大袈裟に驚いた顔をしてみせる。

 「リュカは真に受けてたんだ。…リトでクーデターが起きてること」

 「何が起こるか予想するのは当然でしょ。これも可能性の一つなだけだよ」

 「うーん…いまいち信用のできなさそうなお爺ちゃんの世間話だからなぁ。信じたくないけど、もし本当だったらどうしようか」

 二人が聞いたクーデターの話は、昼間にあった老人が教えてくれたものだ。かなり歳がいっていたがはきはきとしゃべっていたので信用できそうだが、実は何年が前のことで、本人も自覚なく話すこともあるのだ。実際に二人は何度か騙されたこともあり、旅の途中でであった人の情報は、完全には信じないようにしている。…ちなみに怖い話をしてくれたのも、そのお爺ちゃんであった。

 「巻き込まれたら面倒だね。たしかリトの近くにもう一つ、同じくらいの規模の都市があったと思う。ちょうど僕らが今いるこの森を挟んでいるから、商人の行き交いも盛んだったらしいよ。でもここ数年リトと関係を持っている商人に会わないって、あのお爺ちゃん言ってたでしょ。だから何かしらの問題が都市内で起きていて、貿易どころじゃないのでは、っていう予想まで教えてくれたから、十分に信用できると思っただけ」

 「そっか。クーデターが本当に起きていたらそのときに考えるとして、にしても情報が手に入りにくいのは不便だね」

 本当だ、と頷く。

 二人が旅してきた地域はどこも交通手段があまり発展しておらず、情報には高い価値がついた。また、砂漠や今リュカ達がいる辺りのような大きな森がある辺りでは、街同士はかなり離れて存在している。そのため旅人や商人の中には、情報屋も兼業する者もいる。昼間の老人も旅人のような格好をしていたので、恐らく情報屋だったのだろう。

 「まあどちらにせよ、何としてでも『麺料理』は食べて帰るよ!」

 「この一ヶ月、そのために頑張ってきたんだから当然でしょ。あと、もうカフネの分絶対に奢らないから」

 ばかな、と愕然とした顔で見つめてくるのがおかしくて口角が少し上がった。前に立ち寄った店で、お金が足りないと泣きついてきた挙げ句、リュカが払うとなったらたくさん頼みだしたことは今でも忘れない。あの瞬間に覚えた殺気は今でも思い出せる。カフネはいわずもがなだが、リュカの食欲もなかなかなのだ。食べ物の恨みは決して消えることがないため、二人の喧嘩の9割は食事関係だった。

 「そんな…じゃあお腹いっぱい食べれな」

 「日が昇ったか。もう休まなくていいよね?準備して行こう」

 遮るなと喚いてるカフネを持ち前のポーカーフェイスであしらうと、早々に準備を終えて歩き始める。後を、わたわたしながら、荷物を適当に詰め込んで破裂しそうなリュックサックを担いでいるカフネが走ってついてくる。

 今日中にリトの街には着くだろう。そしたら新しい服が買いたい、と駄々こねるカフネに、リュックサックから巾着をとりだし、中身を見せると白目を剥いて倒れかけた。いや、本当に倒れたので放って歩く。そう、着いたらまず、道中で採取した薬草や商品になる花を売らねばならないのだ。

 「幻の『麺料理』が遠い…」

 うつ伏せのままカフネが嘆いた。





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