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星のこどもたち  作者: あすなろ
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プロローグ

趣味程度に書くので、更新頻度も少ないと思います。思い付いたらあげていくので、更新日などは決めてません。

処女作で、全然明るくないですがよろしくお願いします。

 黒よりも濃く深い闇に、無数の星を散りばめた夜空が広がっている。遮るものなど何もない森の中から見上げると、その壮大さに肌がひりつく感覚がした。堪えきれなくなって溢れ落ちるように、ひとつ、またひとつと弧を描いて星が落ちてくる。尾を引くそれらは青白い輝きを伴っていて、月の隠れた世界を眩しいばかりに照らし出す。

 その日は年に一度の星祭りの日だった。遥か昔、愛し合っていたが引き裂かれた番の男女が一年に一度だけ会える日を共に祝う祭りで、流星群もその日にしか見られないものだった。他の地域からも多くの観光客が訪れ、街の住人たちも仕事を皆休み、奇跡とうたわれるこの光景を見に森に立ち入る。それは今年も同じで、ただひとつ違うのは、訪れた観光客の人数が減ったことだ。何でも近くで一番大きな都市でテロが起きて通行止めになったらしいのだ。砂漠の中に点々と存在する街同士で協力しながら暮らしている地域だからこそ、今回の騒動は彼らのライフラインに関わる事態なのだが、今日だけはみんな見たくもない現実から目を背けて、神々の美しき、決して手の届かない神話の世界に浸っている。

 たくさんの笑い声が風にさらわれて夜闇に溶け、生き物の吐息の消えた森の奥深く。木がその身を彩る先の尖った葉を擦り合わせる音の中に、不規則でばらばらな足音が加わる。一人では入るな、と教えられるこの森に、まだ十にも満たない幼い少女がいた。雑巾の方がよほどましな古びた布で体を隠し、素足の両足の切り傷からは真っ赤な血が流れ出ている。右足を庇うように歩いて森の奥にひた進む。血の気の失せた唇の隙間から荒い呼吸が漏れでて、玉のような汗が絶え間なく頬をつたっている。

 暫くすると、木の開けたところに出た。空に穴が空いているようで、見上げるとこの世のものと思えない神秘的な光景が広がっている。しかし少女はそれに目もくれず、一目散に一際大きな木の下に駆けた。地上に大きく顔を出す木の根を寝台のように扱って、若い女性が横たわっていた。女性の傍らに膝をつくと、少女はその手を取って自分の頬にあてがう。

 おかあさん、と呟いた少女の瞳に浮かんだ感情。黒く淀み、焦点の合わなかったそこに、新しい光が灯って揺れた。渦巻く感情が悟られるより先に、言葉になって吐き出された。

 「ああああああああああああああ」

 痩せこけて動くことのない、少女の母の腕を両手で握りしめ、痙攣するかのように肩を激しく振るわせ紡がれた、叫び。夜に溶けることなく何重にも反響した音は、空気を震わせ、少女自身の脳も揺らした。視界を目まぐるしくまわしながらも、少女の慟哭は治まらない。縦に開かれた口の端が切れて、新鮮な血液の線を引く。腕に食い込んだ爪が表面の皮膚を削り、見開かれた瞳孔が虚空を見つめたとき、


―――――黒い霧が溢れだした。


 森林の中にぽっかりと空いた穴に入り込んだ青白い光を塗り潰し、霧は空間を支配する。高密度で少女を中心に渦巻くそれは、いつのまにか人の手の形をとり、少女に向かって伸びてきた。ねっとりと首に絡み付くと、マーキングするかのように回した手に力を込める。

 「ぐっ…ふ」

 首に集まる大動脈の経路を一時的に絶たれ、小さな体が逃げ場を求めるように悶える。払おうと、霧の手に重ねた少女の両手から力が抜けたのを確認すると、実体のない手は霧散した。痺れて感覚のなくなった手足を放り出して少女は横たわる。チカチカと点滅する視界と食道をのぼってくる吐き気を感じるが、少女の顔に浮かんでいるのは―――――歓喜。

 ずっと望んでいた物を誕生日にもらえた子供のような、無邪気で無垢な喜びを向けるのは、空中を漂う霧にだ。否、その中にある何か。それは渦の中心であり、目にした瞬間全身を駆け巡るのは、どろりと絡み付くようなおぞましい恐怖。本能が警鐘をならすそれを前に、少女は初めて笑みを浮かべた。喜色満面をという言葉がまさに似合う、年相応の表情。

 だが、その瞳に宿るのは、紛れもない狂気。

 「…ぉかあさん」

 渦の中心から生まれ、少女に向けて伸ばされた人の腕を前にそう呟いた。その手を掴むと、死体を前にしたように自身の頬に添える。

 「おかあさん」

 湿って震えた、深い愛情の伝わる声で、大好きな母の名を呼ぶ。その表情は神の救済を得た教徒のようだ。すぐに渦から上半身までが生成される。一糸纏わぬ肌は、あったはずの傷や痩せていた片鱗など見せぬ健康体そのもので。浮かべる表情は母親が子に向けるそれと同じで。まるで生き返ったようだ。

 少女を抱き締めようと身を乗り出したことで、ずるりと下半身が引きずり出される。抱擁に応えようと少女が腕を広げた時、地響きが辺りを震わせた。 

 流星のひとつが地上に落ちた衝撃だと気づく間もなく少女の意識が飛ぶ。それと同時に形成されていた母の体は制御を失ったように霧になって消えた。空間の歪みがゆっくりと閉じていき、その場所に本来の静寂が戻る。風が枝を揺する音と、途切れ途切れな呼吸音だけが聞こえる。夜の闇が辺りを包み込み、静けさがここで起きた出来事を覆い隠すように蔓延る。

 「お、かあ、さん…」 

 呻く少女の体に纏わる黒い霧の残滓は、暫く揺蕩いだ後、少女の中に消えていった。






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