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草案:原題「若返りの技法」

この物語の草案です。

本当の草案はこれ以上に内容や文章が乱雑になっていましたので、公開に際して清書を行いました。

 その老人が若返りの技術を開発したのは、ある世紀末のことだった。

 老人は西の海洋国家で長年に亘って研究を重ねていて、博士とも錬金術師とも仙人とも呼ばれていた。俗世間との交わりはなかったが、老人とその研究については人口に膾炙していた。艦隊の自由に行き交う海の彼方には南の帝国や北の大陸軍国があり、老人のことはそれらの異国でもよく知られていた。しかし、それは一種の伝説として知られているものであって、言ってしまえば誰もがそのような研究の成就を信じてはいなかった。それが俄かに成功したのである。老人はすぐさま宮廷に招かれてそのまま軟禁されたが、その三日後には東の乾いた大地の辺境に住まう者の耳にも情報が届いていた。

 ところで、西の海洋国家の元首は既に齢七十を超えていた。三人の男児に恵まれはしたものの、放蕩者であったり病弱であったり戦死していたりと、行く先の暗いことは知れていた。日々輝きを失っていくその瞳にも、そうした事情は明らかに映っていた。今はやむなく長子である勝ち気な娘が政を執り行うのを支えてはいるが、老元首はそれが女であるということで後を継がせる気は全くなかったし、またその夫として宮廷に迎えるに相応しいような人物も見当たらなかった。

 老元首は嘆いていた。国は栄えている、豊かな山河もある。それなのに後継者がいない、後継者だけがいないのだ。今でこそ綱渡りのようにして安定を保っているものの国を継ぐ者がなければ、いずれ南や北からの圧迫を受けてこの豊かな国も戦乱に巻き込まれてしまうに違いない。そのことが、どうしようもなく虚しいことのように思えた。剣と筆とを揮って自分が作り上げた巨大な交易圏も、若き頃に友人たちと駆けた大地も、一切が灰燼に帰そうとしているのだから。

 そこへ飛び込んできた新たな報せに、老元首が飛びつかなかったはずがない。老元首は軟禁した老博士から、まずは穏便な方法で若返りの技術を得ようとした。


西羅(さいら)よ、そなたの秘技をどうか教えてくれ」


 しかし、西羅は拒んだ。老元首は西羅が自らの意思で宮廷にやって来たということもあって、仙人と呼ばれるこの男にも下心があるに違いないと踏んだ。そこで考えつくだけの褒美を与えることを提案した。だが、それでも西羅は拒んだ。


「何故だ、奴は何故黙っているのだ」


 老元首は焦っていた。自分の命の灯火の長くないことを知っていたから。

 西羅を軟禁してから一週間が過ぎた。老元首は傍目から見ても憔悴し始めていた。昼間には激して調度品を叩き壊すようなことがあり、日が暮れてからはうら若き女を寝屋に招くようなこともあった。いずれにしても普段は節度を弁えている老元首にはあり得ない行動で、そうした行動が、そしてその奥にある一つの期待が老元首の命を縮めることになるのではないかと危ぶまれた。

 そうした周囲の焦りは、やがて現実となった。北と南の両大国から、あからさまな圧迫が始まったのである。戦が始まろうとしていた。それは老元首の狂乱を計算に入れた上でのことであり、あわよくば西羅の研究を手中に収めようとする動きであった。

 老元首の築いた海洋国家の息を止めるには、必然的に海戦を要する。海の戦では両大国に優越するところが大きかったものの、肝心の指揮を任せられる人物がなかった。老元首の作り出したこの何十年かの平和は、皮肉な結果をもたらそうとしていた。


「教えてくれ」


 最早、老元首も穏便な手段で解決しようとはしなかった。西羅は、しかし拒んだ。

 激昂して剣を振り上げた老元首を従者が抑え留めた。それでも老元首の怒りは収まらなかったが、屈強な従者に身体を抑えられてしまった以上、思ったようには動かなくなってしまった肉体の衰えを知らしめられるだけのことだった。

 やがて気を取り直した老元首は、とうとう西羅の前に膝をついてこう言った。


「何が望みなのだ」


 そこまできて、西羅はようやく口を開いた。

 西羅は幾人かの名前を囁いたのだ。それは老元首が初めて知った女の名であり、若くして戦死した息子の名であり、そして一般には知られていない老元首の名だった。


「お前は……、冥界と通じているのか」


 老元首は今更のように西羅を恐ろしく思った。西羅は、冥界からの使者のように思われた。

 恐ろしさのあまり、尻餅をついた老元首を見下ろしながら西羅は立ち上がった。そして、うわ言のようにこのようなことを口にした。


「革命! 革命だ! 全てはいずれ振り下ろされるナタの前に首を捧げているに過ぎない! 今、四方を囲もうとしている大艦隊を前にして、お前は、立ち向かい、抗い続けるというのか! よかろう、ならばお前に最初で最後の栄光を与えようではないか!」


 西羅はそう言うと、老元首の口に手を入れた。老元首の肉体は抗おうとする力を完全に失って、体内に異物が入ってくるのを押し留めることをしなかった。

 丸薬のようなものが、喉の奥を流れていった。

 目覚めたときにはもう西羅の姿はなく、鏡の前にはうら若き男子が立っていた。老元首は、ただの元首となった。

 元首はそれから海戦を率いて国を守ったが、その海戦の最中に乗艦は被弾し、海底へと沈んでいった。国は破れず、山河もまた在り続けたが、元首がその地を踏むことは二度となかった。

 その後、元首が散った海域は回転の海と呼ばれた。何故そのような名が付けられたのか、人々はいつの間にか忘れ去ってしまった。しかし、その名はいつまでも語り継がれた。

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