9.次の町へ
懐かしい、夢を見ていた。
「俺たちの功績に、カンパーイ!!」
「「乾杯!!」」
カチャンと冷えたエールの入った器が三つ、打ち鳴らされる。
「ぷはー、うめぇ、地獄を見た後のエールは最っ高だぜ!」
「肉追加な」
「クライヴ、てめーいっつもそれだな」
「あ?やるか?」
すでにやや酒が回り始めている頭でガン飛ばしをするヒスクライヴ。
「喧嘩はやめなって!それよりも、ワーウルフの討伐、僕たちの功績が認められたの滅茶苦茶嬉しいよな」
「おう!人命救助勲章に騎士階級の授与、それに希望の配属先の権利」
「三人ともがだよね、本当にすごいよ」
「それも俺の剣技のお陰だな」
二十歳の若き三人の青年は、先ごろにあった人狼の討伐において、目覚ましい働きを見せ、その功績として騎士の称号の授与と希望する職場への配属が約束されていた。
「てめー、そればっかだな。人命は俺が一番救助したぜ」
「俺はワーウルフを23体切った」
「はいはい、喧嘩しないしない」
若かりし頃のヒスクライヴは今よりもずっと喧嘩っぱやく、親友とも呼べる男に突っかかる。
「ねぇ、配属先の希望どこに出す?」
「当然第一王女の親衛隊」
「王子の親衛隊一本だな」
「あ、クライヴもそう?僕も王子の親衛隊がいいなぁ」
「断然美人の王女一筋」
「お前そればっかだな」
がやがやと酒をたらふく飲み、食事を取り、喧騒ともよべるような軽口をたたき合う。
そのうち、青年の中の一人がカードを取り出す。
「なぁ、そのまま決まるのつまんないから、カードで決めないか?」
「あ?」
「第一王子に第一王女、そして第二王女。勝った順から配属先きめれるのとかどう?」
「ばっかだなぁ、第二王女のって存在すらいるかわからないぐらいの閑職じゃねーか」
「ランドルフは第二王女な」
「てめ、ぜってークライヴ負かす。負かしてやる」
「クライヴとは被ってるんだよねぇ、配属希望。一番にならなきゃな」
「ヒルズには第一王女を譲ってやる。ランドルフは第二王女な」
「ぜってーお前ら負かして俺が第一王女の寝台に潜り込む!」
「「目的変ってるじゃないか」」
懐かしい、夢を見た。
はっとヒスクライヴの意識が浮上する。
懐かしい、あの賭けのときの夢。
第二王女……リーシャ様に仕えることになった発端。
ばか騒ぎをしたものだ、笑い合っていたあの頃は、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。
第一王子の親衛隊に入ったヒルズは、第一王女の親衛隊に入ったランドルフは、いったい今どうしていることやら……。
一番穏やかで、ヒスクライヴとランドルフの仲裁ばかりしていた賭け狂いのヒルズを思う。
…王子が亡くなったということは、あいつも亡くなった可能性が高い。
美女好きでいつも喧嘩していたランドルフを思う。
…今、同じようにリステイン王女と逃げているのだろうか。
感傷に浸っていると、リーシャが目覚めた気配がする。
いけない、今は感傷に浸っている場合ではない。
あのとき「ぶた」を引いてしまったがために仕えることになった主は、ヒスクライヴにとってかけがえのないものとなっている。
急速に意識を研ぎ澄ませていき、無駄な考えを端に寄せる。
今は、とにかく生きなければ。
「隣国は頭がすげ変ったってよ」
「あれだろ。たった2日で変わったっていう」
「嫌だねぇ。あの帝国が隣にきちまったってのは」
「そういや逃げた姫を追ってるんだってさ」
酒場はしばしば情報収集になる。
ヒスクライヴは安酒を飲みながら情報を収集していく。
10日の山籠りの間に噂は隣国まで届いたらしい。
どうやらやはり姫を探しているとのこと。だが、聞けば聞くほど探しているのはリステイン様のようだった。
幸か不幸かリーシャの名前は出てこない。
「お兄さん、一緒に飲まない?」
「すまない、妹が待っているんでな」
ここまでか…そう見切りをつけると酒場を出る。
最初に見つけた宿屋はぼろいが何より親切で、すでに数日滞在している。
取った部屋が一室なのもどうかと思ったが、贅沢はできない。我慢してもらうことにしよう。
ヒスクライヴが合図のノックをすると鍵が開けられる。
「お帰り!ヒズ!」
ヒスクライヴの帰りを待ちわびたのか、その脇に抱えられている夕食を待ちわびていたのか、リーシャが飛び出してくる。
「ただいま。お腹がへっただろう。夕食にしよう」
「はーい」
ほわほわとした彼女はどこをどう見たって町の子どもだ。
たった十数日前まで姫として傅かれていたとは思えないな。
そう嘆息するとテーブルに戦利品を並べ始める。
「おいしそう!」
「この街もいいが、なにより稼ぐ方法があまりない。明日にはこの街を出てカルンの町に行くぞ」
「カルン?」
「インス国の少し栄えた町だ。そこなら、俺の剣の腕をかって雇ってくれる商人もいるかもしれない」
国を越えたとしても安全とは限らない。
インスは帝国と軍事協定を結んだ国だ。いつ兵がいてもおかしくない。
少し気難しい顔をして食事をしていると、リーシャはいつにもましてにこにことしている。
「なんだ?」
「ヒズの、俺ってなんか久しぶりに聞く」
「……そうだな。いつも私、といっていたからな」
昔に一度だけめちゃくちゃヒスクライヴに怒られたときに俺といっていたのを聞いたことがあったリーシャは新鮮な気持ちでその一人称を聞く。
「だからなんだ」
「なんでもない~」
ふふふと笑いだしそうな顔が意地悪く、ヒスクライヴは口をへの字にしてしまった。
リーシャは嬉しかった。
「俺」と話してくれるのもそうだが、ヒスクライヴが次の町でも、きちんと自分を守るための方法を考えてくれていることが。
おいしいねぇ、とにこにこと食事を進める。
料理もそうだが、なにより心が温かかった。
ヒスクライヴは、言わずもがなですが、肉が大好物です。
肉さえあればそれでいい派の人間です。