6.裏切り
ガンガンと耳鳴りがするなかで、必死に意識を浮上させる。
この起きがけにする頭痛は、薬で強制的に眠らせた時と同じものだ。
はっとヒスクライヴは起き上がるとリーシャを揺さぶる。
呼吸は――ある。
同じように眠らされていただけのようだ。
ぞっとした。無防備なままの自身の醜態にも、リーシャに訪れていた危機的状況にも。
「お兄様……ひぐっ」
リーシャは寝言をつぶやくと頭を押さえ、目をぱちぱちとさせながらぼんやりとヒスクライヴに焦点を合わせる。
「申し訳ございません、リーシャ様、私の不始末です。マリアがまさかあのような暴挙に出るとは」
リーシャに他の異変がないか確認するヒスクライヴ。荷の中には薬なども常備されていた。きっと、眠れなくなったときのためにと眠り薬も入れられていたのだろう。それを使われるとは。
荷の中身を確認しようとしてヒスクライヴは青ざめる。
「あの女!!やりやがったな!!!!」
すべてが、なくなっていた。王宮から持ち出した荷も、もちろん路銀や琥珀の指輪さえも。
路銀には、殿下の心くばりか、普通の家庭であれば5年は家計がもつほどの金貨が持たされていた。
市場で使ったときの銅貨などの小銭は持っている。だが、それだけでは到底海を渡ることなどできはしなかった。
「ヒズ!ヒズ!!大丈夫だよっ」
リーシャはわかっているのか、いないのかわからないような声でヒスクライヴをなだめる。
「信用してはならないと俺は知っていたはずなのにっ」
「ヒズっきっと、大丈夫、だから、自分を、責めないで」
「リーシャ様、申し訳ございません。殿下から渡された指輪も……」
「大丈夫……縁あるものなら、いずれきっとめぐり会うから」
「こんな失態、あるまじきこと…っ」
深くうなだれるヒスクライヴ。
時も夕刻近く、乗るはずだった船もすでに出立しているだろう。
「ヒズ、マリアは大丈夫。あれだけのお金だもの。きっとこれから生活していける」
ヒスクライヴは信じられないようなものを見る目でリーシャを見つめる。
こんな裏切りにあってもまだ、マリアの身を案じるのだというのか、この主は。
「ヒズ、ここの宿代って」
「先払い制です。馬を売りましょう。路銀の足しになるかと」
「そうだね。大丈夫、なんとかなる」
「いったいどこからその自信が……」
リーシャはにっこりと笑うとヒスクライヴの手を握る。
「ヒズがいる。だから大丈夫。私はヒズがいるかぎり、大丈夫」
こんな失態を犯した自分を、まだ信じているというのか。
ぎゅっとリーシャを抱きしめると、必ず、と呟く。
「必ず貴方を幸せにして見せるから」