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闇夜の獣と逃走劇  作者: 弥生
3/25

3.馬の確保

森を抜けきったとき、朝日が昇ろうとしていた。


長い夜だったな…。

ヒスクライヴは気配をたどると、安全であることを確認して茂みに座る。


「森を抜けると小さな町だ。どうやら敵の兵はいないみたいだな」

「はぁ、はぁその、ようですわね」

「すまないが、頼まれてくれないか?私のこの服では目立ちすぎる。町の人間が着るような服とリーシャ様の服を買ってきてくれないか」

「かしこまりましたわ」

よろよろとマリアが出かけていくと、ヒスクライヴは改めて深い息を吐いた。

「ヒズ、ありがとう。ずっと、抱っこしてくれて。足、大丈夫」

「かまいません」

ヒスクライヴは改めてこれからの工程を考える。

リーシャはいい。だが、問題は俺と侍女だな。

ある程度顔立ちが整っていると、人の記憶に残りやすい。

これは困ったことだと考えている。


ヒスクライヴは月夜の様な鋭い美貌の持ち主だ。

白金の髪と金の瞳、非常に目立つといっても過言ではない。

そしてマリアも金の髪に琥珀色の眼を持つ美少女であった。


リーシャはいい。と断言したのにはわけがある。

蜂蜜を溶かしたような髪に琥珀色の瞳。それは兄アルスにそっくりであった。

だが、顔のつくりが違う。

兄と姉が大層な美貌の持ち主だというのに、リーシャにはまったくその美しさがなかった。

凡庸な顔にぼんやりとした表情。ただ、大きな目は琥珀の瞳が印象的と言えなくはないが、顔立ちは非常に凡庸としていた。

三兄妹の中で「はずれ」と言われているのは、その凡庸な容姿も関係していた。


おまけに言うと、リーシャは王家の中でも父母から疎んじられていてた。

それは、一般の市勢にもそれと知られるほど有名な話であった。


王の誕生祝いに呼ばれない。

王妃の茶会に誘われない。

他にも数え切れないほど、逸話はある。


そのため、リーシャ自身につく侍女は年老いた老婆だけであった。

護衛もヒスクライヴが来るまではついていなかった。

それだけ、忘れ去られた姫には価値もなにもなかったのだ。


だが…と、ヒスクライヴはじっと主をみる。

姫として苛まれていたからこそ、リーシャは人の心がわかる人間に育った。

自身の境遇を嘆き、すべてを恨むのではなく、あるものを、あるがままに受け入れる。


それは誰よりも得難い美徳だと、ヒスクライヴは思っている。

むろん、それを本人に言ったことはないが。


侍女がいるのはリーシャにとって何よりもいいことだ。

……しかし、いつもは二人だということを考えると、どうにもあの存在をどうあつかっていいのかがわからなくなる。


「お待たせしました」

アリアが戻ってくる。

「では、向こうで着替えてくる。リーシャさまも着替えてください」

「お手伝いいたしますわ」

「えと、自分で着れるよ…?」

ヒスクライヴが立ちあがると親鳥を見る雛のように困った顔をしてこちらを見るリーシャをマリアに任せ、王宮勤めの親衛隊服を脱ぎ、町人の服に着替える。

麻がざらざらとしていて少し痛い。



「まぁ、リーシャ様、どこからどうみても町娘そのものですわ!」

誉めてるのかけなしているのかわからないマリアの声がする。

「えへへ」

喜ぶな、主よ。


ヒスクライヴが嘆息しながら戻ると、二人とも着替えが済んでいたようだった。

「やはり、ヒスクライヴ様は目立ちますわね」

美貌の青年が町人の格好は似合わなすぎる。

「………」

「ヒズは性格山賊みたいに大雑把なのに見た目は繊細だもんね」

「誰が山賊ですか」

大雑把どころか日がなぼーっとしている主にそう思われていたと知って心外の境地である。


「ともかく。これで少し馬を調達してきます。侍女、馬は乗れますか」

「少しでしたら…」

「私も乗るのね!」

「リーシャ様は私が前に乗せます。落馬しないように」

「はぁい」


神経を集中させて町に入る。敵兵はいないようだ。

情報は人の集まるところに集中する。

酒場に行くと、何人かが話をしていた。

「ってことはやはり……」

「ああ、まちがいない」

それとなく話を聞く。


「王宮が一夜にして占領されたそうだ…」

「てことは王子は」

「聞くところによるとすぐに斬首されたそうだ」

瞠目する。これは、主には知らせないほうがいい。……今はまだ。

「この国はどうなるんだ」

「頭がすげ変わるだけさ。生活は変わらんよ」

そうかもしれない。だが、それだけですむのだろうか。


通りすがりの女性に馬場までの行き先を尋ねる。

にこりとほほ笑むだけでたいていことがすむのがありがたい。


「えれーきれいなにーちゃんだな」

「どうも」

綺麗な、とは男性に使ってもらいたくない形容詞だな。少なくとも俺は切り刻みたくなる。

ヒスクライヴは引きつる頬を笑顔に保ちながら、空いている馬を訪ねる。

「2頭か。それなら銀貨16枚だな」

「これでいいか」

「おお、即決払いか。太っ腹だね」

「どうも」

ついでに食堂に行って食料の調達もしてくる。


「にいちゃん、べっぴんさんだね」

「……どうも」

べっぴんさんだね、とは以下略。

だが、この笑顔で肉の分量が増えるならいくらでも笑ってやろうじゃないかと捨て鉢に考えるヒスクライヴ。

「でも、どこかで見たことがあるような……」

「他人の空似じゃないのか?」

「いや、王宮の剣術大会で……」

「俺は弱すぎて出れなかった大会だね。人違いだろう」

やはり、少し離れたとしても顔を見られている可能性があるわけだ。

早急に立ち去らねばとヒスクライヴは焦りながらも笑顔を絶やさずピクルスをおまけしてもらう。


王宮の剣術大会。それは出ていた。

むしろ優勝した。3年連続だ。覚えもあるだろうよ。


食糧を馬に乗せつつ剣術大会を思い起こす。




「ヒズは出ないの?」

「何がです?」

王女の護衛は………暇だ。

あまりにもやることがなさすぎて、暇で暇で仕方無さ過ぎて、すぐに体を鍛え始めた。

「剣術大会」

「ああ、あれですね。別にどちらでも」

「そっかぁ……」


「ヒズが優勝するところみたいなぁ」


ぼそりとつぶやかれた言葉に素振りの手が止まる。

「みたいですか?」

「あ、そういえばこの前ね」

「話題変わるのはやすぎますよ」


別に主に言われたからではない。こんな主、気に入ってなどいない。賭けで負けて仕方なくだ。

でも、誰のも顧みられることなくこのまま死んで行くのは、しゃくだ。

そうだ、それだけだ。


正直、剣術大会のために滅茶苦茶特訓した。


それで優勝した時には気が晴れた。

俺は、ここまでできる男なんだと。


優勝者にはそれなりの…引き抜きがかかった。

「第一王子の親衛隊に第一王女の親衛隊、それに王宮騎士からの引き抜きにこれは地方まで」

「すごいねー」

ほわほわと本当にすごさがわかっているのか?と言いたくなるようなほんわり具合の主にいらいらとする。

「みんなヒズを必要としてるね」

「そのようですね」

ほうらな、実力なら俺はこれだけやれるんだと、賭けの奴らに自慢してやりたくなった気分だった。


「これで、大丈夫だね」


ほわほわと、主は何を言い出すんだ。

俺は、第二王女の護衛で…。ここには二人しかいなくて。


もっと、ほめてもらえると思ったのに、なんて。


「いたいれふ、なんれ、ほほ、つねるの?」

「なんとなくです。私は、リーシャ様の護衛隊長ですから」

「そうれふ。いたいれふ」

「だから……どこにも行きませんよ」


俺を欲しがっている人を蹴るなんて馬鹿げている。


…でも、結局俺はリーシャ様の護衛を下りなかった。


それからはリーシャ様が行けというから軍の訓練に参加したり新人を鍛えたり、乞われて剣をふるうこともあった。



「俺は、なぜ続けたんだろうな」

3日でやめるとおもってたぜ!と笑ってた友人たちを見返すためなのか、それとも意地だったのか。その答えは、出ているが認めたくはない。



さぁ、町から出よう。急いで遠くに行かなければ。

…リーシャ様を幸せにすると、殿下と約束をしたのだから。








騎士は、『性格山賊みたいに大雑把なのに見た目は令嬢』

まさしくその通りです。

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