24.お茶会
お嬢様の勉強係になったリーシャは驚くべき才能を見せた。
まず、その教養は幅が広い。
語学教養詩文学政治経済地理歴史まで様々な分野について精通していたのだ。
リーシャは15歳になるまでヒスクライヴ以外の人間とあまり話をしてこなかった。
そのため、話し方はたどたどしく、幼子のようであった。
しかし、自身のためている知識を放出つするときは違う。
すらすらと溢れるままに言葉が流れ出すのだ。
これにはヴェブスターも舌を巻いた。
「妹君はどこかで勉強でもされていたのかね。知識は隣国のランヴァルト国に偏っているが、非常に深い。お嬢様も驚いていらした」
「妹は図書館が好きで、よく籠っていたのですよ」
ヒスクライヴ自身、厳しい軍学校を卒業した身、勉強もそれなりにこなしていて、主席も取ったほどであった。
しかし、リーシャの知識量はその比ではなかった。
リーシャがこれほどまでに知識を蓄えていたとは初めて知ったのだった。
俺のリィがここまですごいなんて。
表情は変わらないが、内心では鼻高々すぎて10㎝ほど伸びている。
お譲さまに入れるお茶にも力が入る。
どうだ、俺のリィはすごいだろう。そういう気持ちを込めてお茶を入れていた。
ヒスクライヴはあまりにも自然に思いすぎていて、気づいていない。
「俺」のリィ、と思っていることに。
長い二人だけの逃亡生活の中で、すでにリィを自分のだと思っていることに。
それは兄妹と言うにはあまりにも行きすぎている感情だということに気が付いていない。
その感情に、名前をつけていない。それが、ヒスクライヴにとってどれほど幸せなことかということにも気が付いていない。
「そういえば、セレス。明日誕生日、おめでとう!」
リーシャはシーツ替えを不器用にしながら、セレスを祝う。
「そうなのよ!明日は私のためのケーキも作ってもらえるみたいなの!嬉しいわ!」
ここの領主は非常に人がよく、メイドや執事にもやさしい。
そのため、誕生日や結婚や出産などのイベントごとには気を配ってもらえるのだ。
明日は皆から祝ってもらえて、セレスは嬉しくてたまらない。
「明日はセレスをお譲さまとして扱わなくてはなりませんね。ヒスクライヴ、紅茶を入れて差し上げなさい」
「かしこまりました」
「まぁ!」
ヴェブスターの粋な計らいで、明日はヒスクライヴがセレスに執事として紅茶をいれてくれるようだ。
憧れの人にそのように接してもらえて、セレスは頬が染まる。
「いいなぁ、ヒズの紅茶、飲んでみたい」
「リィ、いつでもお入れしますよ」
ちょっと膨れたリーシャに微笑するヒスクライヴ。
「ヒスクライヴさん、妹に甘すぎです!」
セレスの声にその通りだと周りが笑いだす。
「たった一人の妹ですからね。仕方ありません」
ヒスクライヴはそうやって嘆息するのだった。
さて、次の日の3時、お茶会が始まった。
普段は仕事に追われているメイドたちがその主役だ。
ケーキにお茶菓子にサンドイッチ、綺麗な花に銀の食器。本物のお茶会のようでメイドたちはにこにこしている。
「誰かの誕生になると、私たちも食べられてうれしいわぁ!」
まるで毎日誕生日でもいいぐらい!と満面の笑顔だ。
「お嬢様、どの茶葉がよろしいですか?」
ヒスクライヴは全員の紅茶を入れるようだ。
その手際のよさと所作の美しさにぼーっとなる。
リーシャもすごく楽しみにしていた。
ヒスクライヴが紅茶を入れてくれる。
もしかしたらケーキよりも楽しみかもしれない。
そういえば、と思い出す。
昔もヒスクライヴに紅茶を入れてもらったっけ。
宮廷時代はヒスクライヴも紅茶を入れることがあった。
もちろん、今のような完璧な所作ではなく、無難な入れ方だったけど。
『砂糖は2つですね』
そういってすぐに好きな紅茶と砂糖の数を覚えてくれた。
『私はリーシャ様の護衛であって、執事ではないのですがね』
そう嘆息しながらも入れてくれたのだ。
お返しにヒスクライヴに紅茶を入れてあげようとしたこともあった。
素手で触ってやけどをした。
怒られた。
もう私が入れますから!とヒスクライヴに言われた。
今思えば、それすら楽しい思い出だ。
「リィお嬢様はポポ茶葉のストレートフラッシュ、砂糖は2つですね」
気が付いたらリーシャの番になっていたようだ。
あの頃とは断然違う手際のよさで入れていくヒスクライヴ。
「ありがとう、ヒズ」
リーシャは思い出した。
いつだってそうだ。
山を越えるときだって。
町で護衛をしているときだって。
屋敷で執事をしているときだって。
ヒスクライヴはいつだって自分のことを思ってくれている。
そのことに感謝を。
1か月後にある16歳の誕生日。そのときまで、ずっと一緒にいられたらいいなと、リーシャは願う。
それから色々な話に花が咲いたが、なによりメイドたちが気になっていたのは、ヒスクライヴの恋愛話であった。
「ヒスクライヴさんどんな女性がお好きなんですか?」
「女性の好み、ですか?」
ヒスクライヴはしばし固まった。
どんな女性。
自分の女性遍歴を思い出す。スレンダーで胸の大きいブルネットの女性が多かった。
いやいや、そういうことじゃないだろうな。
好み、好みか、考えたこともなかったが。
「………そうですね、笑顔が素敵な女性、でしょうか。あと、一生懸命なのも好感が持てますね」
「ええー意外です!容姿のこととか一番に言われると思っていました!」
「そうですか?」
容姿か、容姿は特に気にしないな…。
そもそも自分の容姿にも頓着しないのだ。
一応の身だしなみとして髪も服もいつもきちっとしている。
だが、自分は美形だからだとかは考えたこともなかった。
「ほら、ヒスクライヴが困っていますよ、その辺にしておやりなさい」
「はーい、ヴェブスター様~」
こうして、お茶会は、たのしく過ぎていったのだった。
やっぱりシスコンです。
次回あわやということになります。