21.執事とメイド
執事の仕事というのは、想像以上に厳しかった。
執事見習いとメイド見習いとなった二人はそれぞれ領主に仕える前に色々と仕込まれることとなった。
非常に厳しかった軍学校時代を思い出すヒスクライヴ。ヴェブスターのしごきは相当に厳しかった。
まず、執事の朝は早い。
鶏が鳴きだす前に起きると、身を清潔にして執事の服を着る。
この着方すら、最初は難儀をしたものだった。
朝もやの中、料理長との朝食の打ち合わせ、届いた新聞のアイロン掛け、本日の領主のスケジュールの再確認が済むと、領主を起こしに行く。
目覚めの時間から目覚めの紅茶の種類まで、ご主人の体調に合わせて変えていく。
この紅茶の入れ方、というのがヒスクライヴには才能があった。
すぐに手慣れていった青年をヴェブスターは珍しく褒めた。
ヴェブスターは昔領主の護衛も兼ねていたらしい。
その所作の隙のなさに、自身もああなりたいと思うようになっていった。
そして領主の朝食を済ますと昼食の応対、屋敷の管理のスケジュール調整、業者との打ち合わせ、ほかにもやることが多すぎる。
なんとか二時頃になると自身も昼食をとる。
そして、夜の食事に向けて準備をし始めるのだ。
最初はなれなかったヒスクライヴも、だんだんと過ごしていくうちに、執事としての所作を身につけ始めることができた。
ヴェブスターは驚いた。ここまで短時間で所作まで行き届くなどとは。
もともと礼儀正しい青年だった。だが、短時間でここまで身につけたのは本人の努力だろう。
これは、拾いものかもしれません。
ヴェブスターは自身の後継となるものの教育にのめり込んでいったのだった。
ヒスクライヴは淡々と、自身にできることをする。
そのことに否はない。
ないが、唯一つ、弱音を吐いてしまうとするならば。
「リィとの時間が、足りない」
そう、リーシャと出会えるのは、夕食が終わったほんの半刻ほどの時間だけだった。
執事の詰める宿舎とメイドの詰める宿舎は場所が離れている。
もちろん、常に背筋を伸ばして集中している昼間などは会話すらできない。
ほんのちょっと、やつれたかな。
ほんのちょっと、元気がなさそうかな。
そう、短い時間では話も満足に聞いてやることもできない。
執事としての仕事は別にいい。
構わない。むしろ、いろいろと学ぶことができておもしろいぐらいだ。
ただ、リーシャと出会うことができないのが、非常に、辛かった。
メイドの仕事というのは、想像以上に厳しかった。
まず、早起き。
お子様体質のリーシャは起きることができない。
それでもがんばって起きて、メイドの服を着込む。
リボンが上手く結べない。
いつもヒスクライヴにお願いしていたツケがここに回ってきた。
井戸で水を汲みに行くのも、薪ストーブを焚くのもメイドの仕事だ。
まず井戸で水を汲んだら転ぶ。
薪も落とす。
火をつけたら服を焦がす。
いつもメイド長に怒られてばかりだ。
「あんたねぇ、お兄さんのヒスクライヴ様はあんなにも執事のお仕事が似合っているのに」
同僚のメイドにはあきれられてばかりだ。
15歳の同い年のメイドもいる。
自分などよりもよほどしっかりしている。
でも、がんばるのだ。
食事の後に少しだけ会えるヒスクライヴは疲弊している。
ちょっとやつれた?
ちょっと無理してる?
いろいろと聞きたいことはあるけれど、時間がたりない。
自分もメイドとして頑張るのだ。
ヒスクライヴも頑張っているのだから。
そうやって、本日三度目の水を零したのだった。
リーシャ、どんくさすぎてメイドに向いてない感じです。
次回、ヒスクライヴご乱心です。