20.雨宿り
ヒスクライヴは馬車での旅を避け、徒歩で次の町に向かうことにした。
リーシャはしばらくの町での仕事のためか、最初に比べて体力がついてきていた。
再びの野宿にも、慣れたようだった。
穏やかな田園風景を歩いていた時だった。
夕立が、降り始める。
ヒスクライヴはリーシャを抱えるように走ると、すぐ近くにあった貴族の屋敷に雨宿りがさせてもらえないかと交渉をすることにした。
「貴族だからな、難しいか」
「そうだね」
「だが、この顔でなんとか交渉するしかない」
ヒスクライヴはその美貌に反比例して、あまり容姿には頓着しない青年だった。
だが、ある程度の旅の中で、比較的、しかも男女問わずに顔が有効に使えると悟ったのだった。
「すみません、旅の者です。幼い妹もいるので、一時でよいので雨露を避けさせては頂けませんか」
ずぶぬれになったまま、大きな門を叩くと、中から執事が現れた。
初老の執事は二人の姿を見ると、裏側からでよければと雨宿りをさせてくれるようだった。
その所作の美しさと隙のなさに、ヒスラクイヴは唾を飲み込む。
この老人、やるな。
それは剣士としての直感であった。
「まぁ、大変、小さい子が風邪を引いてしまうわ」
食堂の隅に通された二人は、温かいタオルとお茶を振る舞われた。
「わぁ、ホットチョコレートだ!」
「もう秋に入りかけているものね、寒いでしょう、温まってくださいましね」
メイドたちもよく躾けられているのか、ヒスクライヴの姿を見てその美しさに驚きの表情を浮かべたが、瞬時にそれを消し去り、冷え切った二人のために色々と用意をしてくれた。
二人が服を乾かしている時だった。
食堂に、一人の男が現れる。
「客人だと聞いてね。歓迎をしなければ」
40代ほどの男だった。その身なりから、この屋敷の主だと窺われる。
「勝手に入ってしまい、申し訳ありません。夕立に難儀をしていたところ、しばし雨が上がるまで滞在させていただいておりました。このようにタオルや毛布もお貸しいただき、大変助かっております」
普段は短い言葉しか話さないが、ヒスクライヴも王宮に勤めていた身、礼節や礼儀を知りつくしていたのだった。
領主はにこにこと笑うと、構わないといって二人に再び温まらせた。
「幼い子を守っての旅は大変だろう。君たちはどこにいくのかな?」
「はい、カルンの町からリュスターの町へ行くつもりでした」
「歩いてかい!?徒歩なら二十日はかかるよ」
「はい、ちょうど十日ほど旅をしていたので、もう半分と行ったところでしょうか」
「それは、大変な旅だねぇ。お譲ちゃん、大変だったね」
「あの、お兄ちゃんがいるから、大丈夫、です」
リーシャはヒスクライヴに隠れるようにきゅっと服を掴む。
誘拐されてから、大人の男性が苦手になってしまったのだ。
「リュスターの町へは観光かい?」
「いえ、仕事を求めてです」
「へぇ、仕事をかい」
「できれば護衛などの仕事に就きたいと思っております」
「なるほど」
領主は考え込むように顎に手をやる。
「君は本当に所作が美しいし、どこかの屋敷で雇われていた形跡がある。妹さんもきちんと躾けられているようだ。リュスターまでは遠いだろう。どうかね、この屋敷で働かないかい?」
「旦那さま」
初老の執事がたしなめる。
「ヴェブスター、君も若い執事を欲していただろう。どうかね、君は執事、妹さんはメイドとして働くのは」
「しかし。雨宿りもさせていただいた上に、ご厚意に甘えるというのは」
「これも何かの縁だよ」
ちらりとリーシャを見る。
確かに、野宿には少し慣れたといっても、少し疲弊している。
ここで休ませてやりたいと思う気持ちもある。
リーシャはヒスクライヴに、どうやらこの領主は悪い人では無さそうだとうなずき返す。
まさか、王女ともあろうものがメイドとして働いているとは思うまい。
そして、騎士が執事として働いているとも。
カルンの町で修羅場を築いた護衛がここにいるとも思われないだろう。
ヒスクライヴは深々とお辞儀をすると、よろしくお願いします。旦那様、と傅いたのだった。
ということで、執事とメイドにジョブチェンジ!
次回、お仕事は大変、な感じです。