18.別れ
ハインツはヒスクライヴからリーシャ誘拐事件をきくと、唸った。
突然のヒスクライヴの休みはそういうことだったのかと。
「それでリィちゃんは」
「今宿屋の部屋でおとなしくしている」
「それは怖かっただろうな…」
「大きな男を見ると駄目だ。怯える」
ヒスクライヴが難しい顔をして考え込んでいたのは、これからのことだった。
「おお、ヒスクライヴ、妹さんの件は申し訳なかったね」
「ワーデル様」
さすが情報通でもあるワーデル。今回の一連が自分の責任であることをしっかりとわかっていた。
「これは今回の迷惑料だ」
金貨2枚がヒスクライヴに与えられる。
ワーデルにとって裏組織は少々邪魔な存在でもあった。
それを一網打尽にしてくれるのだ。このぐらいは払っても十分におつりがくる。
実は憲兵から捕縛料銀貨90枚を受け取っていたヒスクライヴはもらえるものはもらっておけとありがたく頂戴する。
「ワーデル様、少し派手に動きすぎました。この町を去りたいと思います」
「なんと!」
「本日付けで契約を終了したいと思います」
「それは、いや、今度の祝賀パーティまではどうにかならないか?」
「急ぎますゆえ」
ワーデルは美しい護衛を色々なところに連れて行き、自慢するのが好きだった。
祝賀パーティでもそうするつもりだったのだろう。
では、と一礼を取るヒスクライヴ。
ワーデルの部屋から出ると、ハインツが追いかけてきた。
「ちょ、本当にこの町から出るのか!?」
「ああ、気に入っていたのだがな」
「なら」
「この町は子どもが育つには少々危険すぎる。俺も派手に動きすぎた。恨みを買っているだろう。復讐の連鎖がリィに届く前に出立しなければ」
「まじかよ」
せっかく仲良くなれたのに。ハインツは切ないような想いにかられる。
「世話になったな」
「そんなこと、いうなよ。で、出立はいつだ?」
「三日後を考えている」
急すぎる。立ち止ったハインツは、ヒスクライヴを見送るしかできなかった。
出立の知らせは、宿屋の関係者を大いにへこませた。
「そうだよな…あんなことがあったものね」
「ご主人と女将さんには大変世話になった」
「いいや、こちらも楽しかったよ。この一カ月ね」
リィは潤むときゅっと女将さんに抱きつく。
吟遊詩人のリーシャの歌の師匠は涙ぐみながら、その別れを惜しむ。
「本当、いい声してるわ、あなた。容姿がもう少し綺麗ならこの道を勧めたのに。おしいわ」
「リィを吟遊詩人にする気はない」
ヒスクライヴがぴしゃりと言い放つ。
「ししょーありがとう。たくさん歌、おぼえた。異国の歌、いっぱい、忘れない」
「優秀な弟子だったわ」
「楽しかった」
「おひねりもたくさんもらえたしね。私も旅人、縁があればまた出会うでしょう」
涙ぐんだ顔でにこりと笑う。
せっかく仲良くなったばかりの子どもたちの落胆っぷりは見ていて切ないものがあった。とくにボルツは、涙ぐんでさえいる。
「リィ、お別れなんて悲しすぎるよ」
「ボルツ、仲よくしてくれてありがとう」
「………」
「お兄ちゃん、睨まない睨まない」
三日間で旅支度を整えたヒスクライヴは、別れの餞別にたくさんのものを持たされた。
ハインツは休みを取ってまで、見送りに参加してくれた。
「ハインツ」
「ん?なんだい」
「詰らない仕事だったが、お前のお陰で楽しめた。感謝する」
「そ……いうの…反則……普段は無愛想すぎるくせに……」
涙を見られまいと顔を隠すハインツ。
二人は一度頭を下げると、町から出る道を歩んでいった。
ときおり、リーシャが振り向いて手を振っていた。
「悪くない町だったな」
「うん、楽しかった」
「そうだな」
「お友達、はじめてできた」
「大丈夫、リィならまたできる」
ぎゅっとリーシャの手を握り締めるヒスクライヴ。
「次はどこいくの?」
「町で少々暴れすぎた。しばらく落ち着けるところがいいな」
「うん、ヒズがいてくれたら、どこでも大丈夫」
「ああ」
ヒスクライヴはこの国の地図を思い出しながら、次のルートを探し始めるのだった。
あの見た目ですが、友人は大切にする派なヒスクライヴです。
次回、ちょこっと懐かしい人が出てきます。