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闇夜の獣と逃走劇  作者: 弥生
17/25

17.誘拐

ヒスクライヴは豪商の護衛をしながらも、情報収集は欠かさず行っていた。


王国は、王族の首が挿げ替えられただけで、混乱なく帝国に吸収されたようだった。

だが、気になる噂がひとつ。

逃げた王女を必死に探しているというものだった。

美しい金の髪に琥珀色の少女は例外なく捉えられているという。

リーシャに当てはまるその容姿は、王国ではありふれた外見だった。

だからこそ、ヒスクライヴの胸にざわつきが残る。

まるで――王族を根絶やしにするまではと思える帝国のやり方が、非常に気になったのだった。



その日も護衛の任務を終えて、帰路に就いた矢先のことだった。


「ヒスクライヴさん!!」

宿屋に戻ったとたん、血相を変えて主人が飛びかかってくる。

おかしい。普段ならリーシャが一番に迎えてくれるのに。


「リィちゃんが、リィちゃんが帰ってこないんだ…!!」

「なに!?」

主人の話では、夕方近く、食器を洗う洗剤が切れてしまったのでリーシャに雑貨屋までお使いにいってもらうことにしたということだった。

雑貨屋は目と鼻の先、行っても半刻もかからない距離だという。

いつまでも帰ってこないリーシャを訝しがった女将が雑貨屋までいくと、今日はリーシャは来てないという。


忽然と、リーシャの姿が消えてしまったのだ。



ヒスクライヴの血の気が引く。

まさか、帝国がリーシャをさらったというのだろうか。


ヒスクライヴは冷静に、否意識は半狂乱しながら宿屋を飛び出していった。

リィ、リーシャ様、我が主たる姫様。


ヒスクライヴはリーシャの姿を必死に探した。

金髪の子どもなんてざらにいすぎている。

大した情報は得られなかった。



夜も更けきって、一度宿屋に戻ることにした。

宿屋夫婦は憔悴していた。

だが、それ以上にヒスクライヴの酷い顔を見て、息をのんだ。

二人は無理やりにヒスクライヴに食事を取らせて、今日は眠るように勧めた。

これほどまでに憔悴しきっている青年の姿は初めて見るものだったのだ。


ベッドの上で剣を抱えて、一睡もできなかったヒスクライヴは夜明けとともに行動しようとした。

今日は休みを取ると早朝からやっている伝言屋に言伝を頼むと、一度宿屋に戻ってきた。


宿屋には、朝に投げ込まれた紙を見て、顔面を蒼白にする夫婦の姿があった。


『豪商の忠実なる護衛殿へ

娘は預かった。一人で12時に港15番倉庫に来られたし』


手紙には髪のひと房が添えられていた。


リーシャの誘拐は、ヒスクライヴの護衛の仕事によるものだった。


心配する夫婦とは裏腹に、ヒスクライヴは嗤った。

その、あまりにも冷たすぎる憎悪の笑みに夫婦は凍りつく。


人質ということは、まだ生きているということだ。


呼ばれたということはそこに犯人がいるということだ。


ヒスクライヴは知っている。自分が単純な人間であることを。

国家の未来やこれからの展望など、正直あまり考えることができない。

だが、やることがわかっていれば話は別だ。

やるべきことを、ただ淡々と果たす。それが自分であるということを。


「ねぇ、本当に憲兵に言わなくていいのかい?」

「すぐに戻る」

ヒスクライヴは普段着の薄手のコートを翻す。

その首元には黒水晶が光っていた。

手には馴染んだ相棒の剣が一振り。


表情を無くしてその瞳に憎悪を映す夜叉のような青年は、壮絶な美貌を放っていた。

夫婦は思う。彼を綺麗だけれども人間たらしめていたのはその表情だったのだと。

表情を亡くした彼は、神の作った人形のように美しくそこに存在していた。





一方その頃リーシャは、責め苦を味わっていた。

「嬢ちゃんもう入らないって言うのか」

「ひぐ、もう、もう」

「甘いお菓子だ。ちょっとぐらいなら入るだろ」

「お譲ちゃん、りんごジュースだ。おい、野郎ども、甘いイチゴを買ってきやがれ!!」

「「へい!」」

「お腹いっぱいだよぅ」


昨日の夕方に誘拐されて、滅茶苦茶可愛がられていた。



彼らは下っ端だった。

豪商ワーデルのやり口によって被害をこうむったボスに、娘を誘拐して来いと言われたのだ。

ワーデル自身の親類には護衛がつけられている。

そこで思いついたのは、最近なにかと気に入られている美貌の護衛がついたとの噂だった。

きっと顔だけの護衛に違いない。その護衛の親類を誘拐して、ワーデルの弱点を聞き出したり、次に襲撃をするためのスケジュールを聞き出すなりすればいいと。



そうボスに言われて幼子をさらった下っ端たちは、幼子に怯えて泣かれまくった。

下っ端たちは困った。人質はある程度元気でいてもらわなければならない。

その結果が、お菓子投下作戦だった。

作戦は思いのほか効果を上げた。

もっしゅもっしゅと頬袋ぱんぱんに詰める少女の姿は、野生のりすのようで大層かわいらしい。


「てめーばか毛布はくまちゃんにきまってるだろう!こんな馬車なんて柄、女の子が好きになるはずがねーじゃねーか!!」

「へい!すみません!!」

「うさぎのぬいぐるみはどうした!!!」

「ただいまここに!!」


そうして、少女のご機嫌取りをするおっさんたちという構図が出来上がったのだ。


「おにい…ちゃん……ぐす」

「大丈夫、もうすぐきまちゅからねー」

「アニキぃ、どうしやす、この子のお兄ちゃんがおびえて来なかったら…」

「てめぇなんてこといいやがるんだ!リィちゃんが泣いちまうじゃねーか!」

「おれんとこガキ3人いますが、もうひとりぐらいなら養えるっす」

「俺のところも大丈夫です」

「私、おじさんところの子になるの……?」

「万が一だから!大丈夫だから!お兄ちゃんきっとくるから!!」



ある意味阿鼻叫喚である。



そんな折、12時になった。

倉庫の扉が開く。



「おう、きやがったか」

下っ端をまとめる役の男は唸った。

美形とは聞いていたが、ここまでとは思わなかった。

憔悴としていたが、その冴えわたる月夜の美貌は、娼館にいる一等美人と呼ばれる娼婦も足元に及ばないほどの美しさだったからだ。


これは、手元に置いておきたくなるのもわかるな。ごくりと、生唾を飲む。


「娘はどこにいる」

「まずは剣を捨てろ」


青年と頭が話をしている間に、リィちゃんごめんね、と毛布とウサギのぬいぐるみやお菓子を片付け、きゅっと後ろ手に縛る。

「おじさん、痛い…」

「ごめんね」

おじさんも胸が痛そうだった。



「ワーデルのお気に入りだってな。奴の弱みを吐け。それか次の護衛先と護衛人数を吐け」

欲しいのは情報だ。きっとこの青年はこの人数に怯えて吐くだろう、そう頭はふんでいたのだった。


「……まずは妹の無事を確認させろ。話はそれからだ」

「なに…」


頭は眉をひそめる。だが、そう思うのももっともだ。

剣は取り上げたし、大丈夫だろう。

そう思った頭は、青年が人質に近づくのを許可した。



「リィ、リィ!!!」

ひしっとヒスクライヴがリーシャを抱きしめる。

「ヒズ!」

リーシャはヒスクライヴが助けに来てくれると信じていた。信じてはいたが、怖かった。

ぽろぽろと涙を流す。

「もう大丈夫だ」

「ヒズっ」

「怪我はないか?」

「このおじさんたち、よくしてくれたの」

「そうですか。では、半殺しで我慢しましょう」


ヒスクライヴの目に、怨嗟の炎が灯る。


リーシャを小脇に抱えると、ヒスクライヴはリーシャの左右にいた男たちをその足で潰す。


「てめぇ、なにしやがる!!」

慌てて剣を抜く男たち。

ヒスクライヴはその中の一人の男を足でのすと、その剣を奪う。


そして、利き腕の腱を迷わず切った。

「ぎゃああああ!!!」

「五月蠅い」

そうして次々と襲いかかってくる男の腕や足を切り裂く。

本当は殺したい。けれども、主にそんな醜いものは見せたくないと。

剣が二度と振るえなくなるように半殺しで我慢することにした。

リーシャはヒスクライヴの胸にぎゅっと抱きつくと、聞こえる怒声や悲鳴に目を閉じた。


たった半刻の間に、そこは地獄と化していた。


奪った剣を投げ捨てると、自分の剣を腰に戻した。

そのころには賊の中で満足に立ち上がることのできる者は誰一人としていなかった。


「け、桁外れすぎる……」

「なんて強さだ……」

誰だ、顔だけなんていったのは、化け物みてーじゃねーか。

自分が言い出したのに忘れて悪態をつく頭。

「貴様が首領だったな」

冷たい声が頭だった男の傷口を踏み抜く。

「いっ」


青年が嗤う。


「黒幕まで案内してもらおうか」



壮絶な笑みだった。




ヒスクライヴは黒幕を聞き出すと、リーシャを一旦宿屋に預けた。

そして、決して部屋からでないようにと鍵を閉めた。



それから、ゆらりとカルンの町の闇を占める裏組織に殴り込みをかけた。


それから数年語り継がれることになる襲撃事件。

その首謀者はたった一人の青年だったことが伝えられている。


のちに憲兵は語る。

裏組織を捕縛した際に、すべての人間の利き腕が破損されていた。

その男たちは、死神がやってきたと口々に言った。


「あの男、わら…嗤ってやがったんだ……」

それ以上は聞き取ることができなかった。

だが、よほど恐ろしい目にあったのだろう。多くのものが夜ごとうなされることになった。






ヒスクライヴさんの本領発揮です。

次回はちょこっとしんみりです。

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