15.休日
夜明けまで眠れなかったリーシャを抱えたヒスクライヴが眠りに就いたのは、朝の日差しが入り込んできてからだった。
今日は休暇を得ていて本当に良かったと、昼近くになるまで眠っていたヒスクライヴは思う。
「女将さんが、お兄ちゃんもお仕事お休みだろうって、今日お休みにしてくれたの」
リーシャも起きたのだろう。まだぎゅっとヒスクライヴの服を掴んでいたが、目をぱしぱしさせてていた。
「リィ、今日はせっかくの休みだ。買い物に行こう。新しい服もかわなくては」
「うん」
まだぼんやりとしているリーシャは、買い物という言葉に嬉しげにうなずいた。
「おや、お寝坊だねリィちゃん、ヒスクライヴさん」
「おはよう、ございます」
簡単に身を整えると、食堂で朝食兼昼食をとる。
「夕食を別の店で取りたいのだが、なにかお勧めの場所はあるか?」
「なら、カルン名物を各種取り揃えてるカルン亭がいいだろうね、地図に記しつけとくよ」
「あ、あと、お洋服を買います。おすすめのお店、ある?」
「ならイリーヌの店がいいだろうね。老若男女の服を取りそろえているし、なにより安い」
今日の買い物の工程を決めながら、食事をとっていく二人。
晴天で美しい晴れの日であった。
お散歩日和だ。
「次は、これとこれとこれの組み合わせで。あと、これを上に着て、スカートとチェニックの様子をみたい」
「うぅ、ヒズ、多い」
最初に来た服屋では、ヒスクライヴが妙にはりきった様子でリーシャに試着を勧めていた。
「きゃ、なんて素敵なお兄さんだろう…お兄さん、きっとこの服とか似合うよ!!」
「ああ、俺はどうでもいい。それよりもリィ、こちらのスカートを合わせてみろ」
店員は極上の客にきゃーきゃーとはしゃいでいる。しかし、ヒスクライヴは自分の服は適当に見つくろっただけで、リーシャに全力を傾けている。
「ひ、ヒズも試着、するといい」
「サイズはわかっている。だいたいどれを着ても無難だから別にいい」
ヒスクライヴは大抵の服を着こなせる自信があった。
特に黒系の服が好きだったのか、無難に見つくろった服は黒系が多かった。
二時間をもかけて服を揃えたヒスクライヴは、これだけ買うのだからまけてくれ、とその容姿を押し売りして2割引きにさせることに成功した。
「疲れたか?」
「だい、じょうぶ」
リーシャは思った。実は、ものすごく甘やかされているのではないかと。
ヒスクライヴが自分に甘いのは知っていることだった。
たぶん、本当の兄妹よりも甘やかされている。
だが、もしかしたら相当に甘やかしてもらっているのではないかと、比較対象がないリーシャは他と比べることができないが、そう思ったのだった。
雑貨屋で日常品などの仕入れも行う。
服の洗濯などは、この町に来た時から業者に依頼していた。
安いし便利だし、何より手間がかからないのがありがたい。
そのため、今回は山で消耗した雑貨や簡易な常備薬などを調達することにした。
「悪いな、少し鍛冶屋によらせてくれ」
「うん」
ヒスクライヴは鍛冶屋に寄ると、剣の手入れを頼んだ。
「おお、使い古してあるが、滅茶苦茶いい剣だねぇ。丁寧に手入れもされてるし」
「砥ぎと手入れを頼む」
「任せておきな!腕が鳴るぜ」
ヒスクライヴの使っている剣は、柄に紋章を入れた特注のものだった。
二十歳で騎士になったときに、その報奨金の大半を使って作ったものだ。
紋章は、たぶん入っているのはこの武器だけだろう。
第二王女の紋章が刻まれていた。
「リィの紋章は四葉のクローバーだったな」
「幸運を、運ぶものとして、父上様が選んでくれたの」
護衛自体ヒスクライヴしかいなかったし、その忘れられた紋章を刻んだ武器はこれ一つしかあるまい。
ヒスクライヴは、騎士としての誇りとして、剣を大切にしようと心に決めていた。
それから市をひやかしている間に夕方になった。
店主が教えてくれたカルン亭はたしかにカルン名物がたくさん置かれていた。
「ここもおいひいね」
「ああ、肉がいい味を出している」
何種類かを頼んで一緒に食べる二人。
ほとんどがヒスクライヴが持っているが、荷物の量も多くなっていたし、休憩するにはちょうど良かった。
仕事帰りのおじさんが多い酒場と比べると、女性客も多い。
ヒスクライヴはしばしばナンパされることに辟易しながらも、食事を進めていく。
最後のデザートまで食べ終えると、二人は食堂を後にしたのだった。
「食いすぎたか」
「おいしかったね!」
ラララ~世界にはぁ、あなたとわたーし~。
上機嫌に歌を口ずさむリーシャ。
「楽しかったか?」
「うん!とっても!」
その満面の笑顔に、ヒスクライヴの表情も緩む。
「ヒズは?」
「悪くない」
また、行こう。望むなら。
そう、リーシャの歌で包まれながらヒスクライヴは上機嫌で終えるのだった。
ヒスクライヴがどんどんと買い物上手になっていきます。
次回、シスコンの本領発揮です。