12.同僚
「はぁ、仕事終わった~。なぁ、ヒスクライヴさん、一杯引っ掛けにいかないか?」
「行かない」
「ええー昨日もおとついもそうだったじゃないっすか。一杯ぐらい」
「一人で行け」
「ツレなさすぎる……」
「じゃあな」
護衛の仕事も数日がたち、ある程度慣れ始めてきた。
豪商ワーデルは少々強引に進める方法でその富を築いてきた。
そのために敵が多い。
護衛の仕事といえば、ワーデルの後ろに控えていて、狼藉を働こうとするものを威嚇するというものだった。
盗賊を捕縛し、実力を見せつけた冷たい美貌の青年の噂はある程度広まったのだろう。
ヒスクライヴはワーデルのお気に入りの護衛として色々な所に連れまわされることとなった。
先ほどヒスクライヴを酒に誘った青年は年の頃が近いのか、しきりにヒスクライヴに話しかけてきた。
だいたい無視をしているが、その人懐っこい性格は悪いとは思わない。
だが、ヒスクライヴには酒場で待つ本当の主がいるのだ。
今日も定刻になったら給料を得て速攻帰る。
今日も今日とてヒスクライヴはリーシャ一筋だった。
「リィちゃんこっちの注文よろしく!」
「はーい!」
「リィちゃんこっちも!」
「はーい!」
リーシャはそのほわほわとした笑顔が人気のウエイターになった。
平凡でそんなにかわいくない。けれど、みてるとぽかぽか温かくなる感じの女の子。
特に仕事帰りのおじさんたちには人気だった。
「あ、ヒズ!!」
「ただいま」
それがまた、ヒスクライヴは面白くないのだった。
リィと親しげに呼ぶな…殺すぞ……。
そうありありと表情に出ていた。
「今日のね、夜ごはんね、私も手伝ったの!」
肉の塊にかぶりついていたヒスクライヴは手を止める。
「怪我は?」
「し、してないよ!ちゃんとじゃがいも、切れました!」
「刃物を使ったのか!危ないだろう…」
ヒスクライヴは食べる手を止めて、リーシャがどこも怪我していないか確認する。
「お兄ちゃん、心配性だねぇ。12歳にもなったらどこの娘でも花嫁修業で刃物ぐらい使うよ」
通りかかった女将さんが呆れたようにいう。
リーシャは本当は15才だったのだが、その小ささゆえ、皆から12,3歳ほどだと思われていた。
だが、ヒスクライヴは知っている、その小さな手が下々のことを知らぬままに生きてきたことを。
そして、あんなことさえなければ、これからも知らないままだったことを。
「ヒズ、哀しそうな目、してる」
「いや、なんでもない。さぁ、肉を食べろ」
またもや自身の夕食の一番おいしそうな部位を切り分けると、リーシャの皿に盛っていくのだった。
次の日の護衛の仕事は、ワーデルが服屋についていくのを、警備するというものだった。
「ふわ~あ、ご主人、すごい服買い込んでいるなぁ。どうせどれもこれも女に貢ぐ服なんだろうけど」
今年23になるハインツは欠伸を噛殺す。
買い物なんて興味ないっすよねぇと最近入った美貌の護衛に同意を求めたのだが、普段ならつまらなそうな顔をして仕事をしている同僚が、妙に真剣に女性用のリボンを見つめていたのを目の当たりにして少々驚く。
「それ、買うんすか?女?」
「……いや、妹に似合うかと」
「妹いるんすか」
ヒスクライヴはうっかり答えてしまったというように口をへの字にまげる。
「ほー妹さんかわいいっすか」
「さあな」
「ヒスクライヴさんに似てたらめちゃ美人でしょうね、見たい見たすぎる」
「……似ていない」
「そうなんすか、かわいい系?美人系?」
「お前も食いつくな」
ヒスクライヴはうんざりしたようにハインツを遠ざけようとする。
「俺も妹いるんで言ってたっすけど、今は青色系が人気みたいっすよ」
「……そうか」
やはり、どうやら妹に似合うリボンを探していたらしい。
気のないようにハインツをやりこめようとしていたが、その言葉に青色のリボンを手に取る。
「妹さん、髪の色は?」
「金髪だ」
「あ、ヒスクライヴさんと一緒の銀髪じゃないんですね。なら、そっちの淡い水色のほうが似合うかも」
「………」
ヒスクライヴはとても面倒そうな顔をしている。
だが、それでもちゃっかりと会計に水色のリボンを持って行っている。
「で、かわいいんすか?」
「……………可愛くない」
冷徹で冷淡な美貌の剣士の、思わぬ顔を発見してしまったと、ハインツはにやにやしてしまった。
「月の~精霊が~夢を~食べて~」
リーシャはここ何日かでだいぶ慣れてきたのか、多忙な時間と時間の間の小休憩時に、店内の掃除ができるほどまでに体力がもつようになってきた。
もっぷでごしごししながら、歌を歌う。
「あら、いい声してるじゃない」
数日前から夜酒場で歌っていた吟遊詩人の女性がリーシャの声を褒める。
「ほえ?」
「でも、そのさみしそうな曲よりも、今ならこっちかしら」
「空が~恋しいのなら~ららら共に歌を歌おう~」
吟遊詩人の伸びやかな美しい声が響き渡る。
リーシャはそれを真剣に聞いていて、再度同じ歌詞になったとき、一緒に歌い始める。
吟遊詩人は歌いながら驚いていた。
上手いと思っていたけれど、一回聞いただけで歌詞も音程も完ぺきに真似るなんて。
面白い。
次の繰り返しの時には、自分がハモリのパートを歌い始めた。
リーシャはちょっとびっくりしたように、けれども引き続き伸びやかな高音で音程をはずさず、しかも女性の声につられない様に歌っていた。
ますます面白くなった吟遊詩人は、自分の知る色々な曲を聴かせる。
リーシャは目をキラキラとさせながら、異国の曲を貪欲に覚えていった。
「リィちゃん、そんなに歌がうまかったのねぇ」
小休憩していた女将さんがうっとりと二人の歌を聴いていた。
「ねぇ、あなた、夜一緒に歌わないかしら?」
「え?」
「いいねぇ、夜は昼に比べてお客さんも多いわけではないし、いいんじゃないかい?」
女将さんもそれに賛成する。
「ヒズとご飯食べた後、ちょっとだけなら」
「8時にはお寝むよね。それまででいいから。おひねりももらえるわよ。取り分は64でいいから」
「歌って…みたい…です」
吟遊詩人はにこりとほほ笑むとさらにはもりのパートを教え込むのだった。
今日も今日とて同僚の誘いを断って帰ってきたヒスクライヴは驚いた。
リーシャが吟遊詩人の女とともに歌っているのだ。
伸びやかな高音が、吟遊詩人のアルトとあい交わって、美しい調べを奏でていた。
そういえば、とふと思い出す。
リーシャは昔から歌がうまかった。
乳母に昔聞いたという曲しか知らなかったようだが、それをおずおずと歌っていた。
その歌声に誘われたように小鳥たちがリーシャの肩に乗ったのを見かけたとき、驚いたものだ。
だが、不用意に近づいてしまったために、小鳥たちも去り、主人も歌声を止めてしまったのを妙に残念に思ったことを思い出す。
山越えをしたときには何度もその歌声に助けられた。
小さな主の小さな歌に励まされていたのだ。
自分しか知らなかったものが他のものにも知られてしまうというのは痛みにも似た感情だった。
だが、伸びやかに、気持よさそうに歌うリーシャの姿に、そのもやもやも解けていく。
「リィちゃん最高!!」
「レイン様愛してるぜぇぇ!!」
レインと呼ばれた吟遊詩人はいつもよりも多いおひねりににんまりとしている。
「ヒズ、おかえり!ご飯、おまたせしちゃったね」
「いや」
ぱたぱたと、やっぱりうれしそうに近寄って来るリーシャに口元が緩む。
そうだ、と昼間手に入れたばかりのリボンを手渡す。
「わぁ、かわいい!!」
「つけてやる」
ふわふわの金髪を結んで、リボンをつける。
「どう?」
「まぁまぁだな」
青年の言った通り、金髪に琥珀の瞳には水色が良く似合っていた。
「えへへ、うれしい。ヒズ、ありがとう!」
ご飯を食べ終わると再びリーシャは歌いだす。
それをエールを飲みながら見守っていたヒスクライヴは、こんな生活も悪くないと思ったのだった。
ヒスクライヴがシスコンっぷりの本領発揮しはじめました。
騎士(溺愛気味)がそこじゃない…そこじゃないよ…と突っ込まれそうですが、今はまだこんな溺愛ぶりです。
次回、だって男の子だもん。という話です。