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闇夜の獣と逃走劇  作者: 弥生
11/25

11.仕事


「な…なんということだ」

豪商ワーデルの眼前には、打ち破れた護衛の残骸が広がっていた。


呻く声の響く中、一人の男が剣を納める。


「これで十分か?」

今たった一人で十数人の護衛を倒した男は涼やかな顔で立っていた。


「十分すぎるくらいじゃ!年間で金貨5枚、いや6枚払おう!!」

「そこまでは長くいられない。日払いで頼む」

「ううむ、なら1日銀貨2枚でどうだ?」

「契約に入ろう」


月夜のような鋭い美貌の剣士――ヒスクライヴは手早く宿屋を決めると、リーシャを置いて護衛を探しているという豪商の元に訪ねて行った。


豪商は紹介状をみると、信じられない気持でいた。

こんな優男が盗賊を一網打尽?信じられない。男娼であったほうがまだ信憑性があるというもの。

その腕に懐疑の眼差しを向けたワーデルは、今詰めている護衛を使ってその腕を試そうとした。

最初はその繊細な美貌に護衛たちも嘲笑で返した。

「お譲ちゃんはベッドで足でも開いていたほうが似合ってるよ」と。

表情を消したヒスクライヴは一瞬でその男を叩きのめした。

「死にたくなければ全員で掛ってこい」

その言葉通りに護衛たちはヒスクライヴに向かっていったが、凍りつくような怒気を纏わせた彼に一太刀も浴びせることができなかった。



ヒスクライヴは契約書を一時の主となるワーデルと交わしながら、内心では悪態をついていた。

仕えるには下賤すぎる。

だが、金には代えられない。

生きていくには金が必要だ。


帰ったらリーシャに上手いものを食べさせようと思いながら、これからのつまらない仕事のことを思うのだった。




一方、リーシャは空腹に耐えかね、部屋を下りていく。

ヒスクライヴが見つけ出した宿屋は二階は宿場、一階が食堂となっているものだった。

昼になったら一階の食堂で食事をとるように。

そう言いつけられていた彼女はそろりそろりと階段を下りていく。


昼時の喧騒が広がっていた。

所在なさげに立ったままになっているリーシャを女将さんが見つける。

「ああ、二人連れのお客さんの妹の方だね。料金は払ってもらってるよ、どこでも好きな場所に座ってAかBのランチを選びな」

リーシャはとことこと部屋の隅の辛うじて空いていた一人席に座る。

いつもはヒスクライヴがリーシャの意思をくんで注文してくれた。

今日は自分が頼まないと。

そう心に決めると、どきどきする心を抑えて、魚のフライが乗っているBランチを頼むことにする。


「あ、あの」

「はぁいAランチ二丁おまち!ああ、喧嘩は外でしな!!」

「えっと」

「エールのお代わりね!はいよ!!」

意志がくじけそうだった。


「Bランチくだしゃい!!」

思いっきり噛んでしまった。

だが、必死の注文は聞き届けられたようだ。

しばらくするとBランチが届く。デザートのゼリーはどうやら店主から子どもへのおまけのようだった。


もっきゅもっきゅと頬をぱんぱんにして食べ始めるリーシャ。

よかった。一人で、注文できた。

そのことにほっとする。


リーシャは自分が驚くほどに何もできないことを実感している。

無力だ。

そして無能だ。

これではヒスクライヴへの負担が大きすぎる。

一つずつでも。

なんでもいい、ささいなことでも。

できることを増やしていこう。それが、きっとヒスクライヴを助けることになる。

そう、心に決めたリーシャだった。



もっきゅもっきゅ食べ終わっても、喧騒は収まっていなかった。

ここは料理も上手く安いということもあって、昼はお客さんでいっぱいになる。

リーシャはそろそろと食べ終わった食器を厨房に反しに行く。

「食べ終わったかい?お譲ちゃん。置いておいてもよかったのに」

「あの」

リーシャは迷う。果たして自分が今からいうことは、迷惑なのではないかと。

「お仕事、大変そう。お手伝いできること、ある?」

恐る恐るといったふうに言うリーシャを驚きの目で見つめる店主。

「お譲ちゃんが手伝ってくれると助かるよ。ここは昼はAかBかのランチしかないから、その注文を聞いてきてくれないか。あとはエールを頼む連中がいるからそれも頼むよ」


自分にできることを。

「やります!」

リーシャは元気いっぱいに答えたのだった。



それからリーシャは右へ左へあっちこっち注文を聞いて回った。

とろくさいが頭は悪くないリーシャは注文を一度で覚えて伝えるのは上手だった。


「3番テーブル、A3つにB1つ」

「2番テーブル、エール大2つ追加です」

常連さんたちは、見慣れぬ小さい子が注文を取りに来るのを面白そうに見つめている。

お譲ちゃん飴玉だよ、などたまにおひねりをもらうこともある。


2時過ぎ、昼の喧騒は収まった。

「やーお譲ちゃん、助かったよー」

初めての労働に、リーシャの足がぱんぱんになっている。

だが、悪くない疲労感だ。


「お譲ちゃん、お駄賃だ」

その手に銅貨10枚が握らせられる。

「え、でも」

「しっかり働いてくれたからね。明日も手伝ってくれると嬉しいんだけど」

ヒスクライヴはしばらくこの町に滞在すると言っていた。

「私、やります!」

リーシャは目をキラキラさせて、店主を見つめる。

その無垢な瞳に、子ども好きな店主と女将は胸を撃ち抜かれたのだった。





夕方時ヒスクライヴは、歓迎会でもやるがどうだねと豪商が言ったのにもかかわらず、待つものがおりますゆえとピシャリと断り、家路を急いだ。

自然と足が早足になる。

すぐにでもと職を急いでしまった。宿屋ではリーシャが一人寂しく待っているだろう。早く帰らねば。


しだいと灯りがともり始める町の中を、急ぎ足で宿屋に向かう。


灯りがともり、酒場と化した食堂に飛び込むと、目を疑う。


かわいいチェックのエプロンを着たリーシャが、くるくると注文を聞いて回っているのだ。

どういうことだ!?ヒスクライヴが一瞬混乱する。


「はい、注文はエール2杯…あ!!!ヒズ!!!おかえりなさい!!!」

入り口で固まるヒスクライヴの姿を見た瞬間、大輪の花が咲くように笑顔になるリーシャ。

「リィちゃん、お兄ちゃん帰ってきたね、上がってお兄ちゃんと食事をとるといいよ」

「女将さん、ありがとう!」

ぱたぱたとヒスクライヴに近寄っていくリーシャ。

ヒスクライヴは我に返るとひしりとリーシャの肩をつかむ。

「…………店主が無理やり働かせたのか……?」

地獄の釜が開いたかのような声で問う。

「あのね、ちがうの。私、できること、しようとおもったの」

「できること、ですか」

「あのね、これ!」

ポッケの中から今日もらったばかりの小銭を取り出すリーシャ。

「ヒズ、働く。私も、働く。これ給料もらったの。路銀の、足しになる!」

「あなたはそのようなことしなくてもいいのです」

「ヒズ、違う。それは違うよ」

ふるふると首を振るリーシャ。

「私も、なにかしたい。なにかできること、したい。ヒズのために、なにかしたい」

うるうると潤む瞳でヒスクライヴを見つめるリーシャ。


二人の様子に異変を感じたのか、女将さんが近寄ってくる。


「お兄ちゃん、保護者のあんたの了承を得なかったのは謝るよ。この子が昼に手伝ってくれてね、すごく助かったんだよ」

「それは…」

「酔っ払いもいるけどそこらへんはこっちで対処するよ。この子を忙しいときだけでもお借りできないもんかね」

「……わかりました。妹はまだ小さい、無理をさせないことを条件に、お願いしてもいいですか?」

「ありがたいね!お兄ちゃんが仕事に行ってるときこの子も一人だろう、決して目は離さないから安心しときなね!」

「よろしくおねがいします」

「ヒズ……」


ぎゅっとヒズにひっつくリーシャ。

「怒って悪かった。無理にさせられているのかと勘違いしたんだ。リィ、偉かったね。働くなんて思わなかった」

「ヒズ、これ」

差し出したお金を、そっとリーシャに握らせるヒスクライヴ。

「これは、あなたが自分で稼いだお金だ。自分のために使いなさい」

「でも」

「路銀なら大丈夫。割のいい仕事を見つけたんだ」

腹が減ったな、食事にしよう。

ヒスクライヴは安心させるように笑顔を作った。


その夜、ヒスクライヴは夜なべして、山で役立ったウサギ皮のリーシャの手袋の片方を改造して、小銭袋を作った。

リーシャは嬉々としてその中に自分で働いて稼いだお金を貯めていった。


リーシャ、珍しく頑張る、な話ですが、彼女はどんくさすぎて料理を落っことすので、注文しか取りません。

ヒスクライヴは喧嘩っぱやいです。

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