10.馬車
二人は次の日、荷物を片づけてカルンまで行く荷馬車に乗り込んだ。
荷馬車の蔵の中には自分たち以外にも数人が乗りこんでいた。
「馬車、お尻がいたくならなくて嬉しいな」
「そうだな」
空きスペースはいくらかあったが、リーシャはヒスクライヴにひっついていた。
「お兄さんたちは観光かい?」
「いや、仕事を求めてだ」
「あの町は大きいからな。それなりに色々な職業を募集しているよ」
「それは助かるな」
「お譲ちゃん、飴食べるかい」
「わーい!」
「お兄さん、そんなに睨まなくても」
ある程度は会話を楽しんで乗っているときだった。
馬車がいきなり止まる。
「くそ、なんてこったい!!」
御者が悪態をつく。
ヒスクライヴは荷馬車の外の気配が変わったことを肌で感じ、腰に差す獲物を握りしめる。
リーシャに決して外を見てはいけないときつく言いつけると、ヒスクライヴは剣を持って御者に近づく。
「どうかしたのか」
「ああ、お客さん!運が悪いねぇ、盗賊が襲ってきたのさ」
「護衛は」
「いるにはいるが、この人数だ、苦戦しているよ」
ヒスクライヴは考え込むと剣を抜き放つ。
「腕に自信がある。盗賊を片付けたら馬車の代金を半額にしろ」
「そんなことができるならな!タダにでもなんでもしてやるよ!」
「二人分だぞ。ついでにカルンの商人への紹介もしてくれると助かる」
あんちゃんはちゃっかりしてるねぇと嘆息した主人が、どこでも紹介してやるよと言ったのだった。
ヒスクライヴは瞬時に馬車から下りると盗賊を倒しにかかる。
ヒスクライヴは苦戦している護衛を助け、次々と盗賊たちを倒していく。
腕に覚えのある者は手加減しきれずに切り捨ててしまったが、それ以外の者は無事捕らえることができた。
たった一人で数十人の盗賊団を一網打尽にしてしまったのだ。
「あんた…すごい腕だな……」
「これだけの盗賊団だ。町に連行すれば捕縛金も出るだろうか」
「本当にちゃっかりしてるねぇ。護衛の馬車に放り込んでおくよ。あとであんたに政府からの捕縛金も払うよ」
「馬車の代金は」
「タダにしてもお釣りがくるくらいだ。町一番の商人に凄腕の護衛として紹介状も書くよ」
それなりの成果に満足げに剣を鞘に納める。
身なりを整えて荷馬車に戻るとリーシャが飛びかかってきた。
「ヒズっ」
「…怒声が鳴り響いていたんだ、怖かったな。もう大丈夫だ」
「あ、あの、盗賊さんは……」
「みんなちゃんと捕まえた。あの程度、俺の腕なら訳もない」
ヒスクライヴが無事であることにほっと胸をなでおろしたリーシャは、ずるずると腰が抜けたかのようにしゃがみ込む。
「すごいな、兄ちゃん」
「これくらいならな」
周りの客が感心したようにヒスクライヴを見つめる。
「おれたちは盗賊にあったという不運に見舞われたんだか、あんちゃんみたいな凄腕の剣士と巡り合わせて幸運だったんだか」
「これを不幸中の幸いというんだねぇ」
再び動き出した馬車の中で、ヒスクライヴはリーシャを怖がらせてしまったし、町についたら浮いた馬車代で甘いものを買おうと考えていたのだった。
「あんちゃん、盗賊の捕縛料銀貨55枚だってよ」
「そこそこになったな」
「それと、こちらが紹介状。町一番の豪商ワーデルさんのところで護衛を募集しているだが、あんたほどの腕なら充分だろ」
「助かる」
「いや、こちらこそだよ、それじゃあな、あんちゃん、お譲ちゃん」
ずしりと重い銀貨の袋に、当面は大丈夫そうだなと息を吐く。
「さぁ、今日泊まる宿を探そう」
「うん!カルン、ひろいね、大きいね」
「今までの中では一番の町だからな。迷子になるなよ」
ヒスクライヴはリーシャに手を差しのばす。
リーシャはその剣士特有のごつごつした大きな手を、ぎゅっと握るのだった。