雨宮吾子/白九 葵『放課後のピアノ』
世界の広がりというものを意識したとき、私たちが住まうこの世界は無限の広がりを持っているように感じられます。実際のところ、この地球の中でも山脈や密林や深海など、人々の分け入りにくい秘境というものは科学技術が発達した現代でも相変わらず存在しますし、もっと単純に私たちの頭上に横たわる星々を思えばそれで事足りるでしょう。
しかし、私たちが、一人の人間として感知し得る世界というものは実はとても小さなものなのではないでしょうか。それはつまり、人間の意識には限界があるということであり、そうした意味で世界は有限であるのです。
小説にも様々なものがありますが、小さくまとまった完結した世界を描いた作品に心を落ち着かせることができるのは、そのような意識の限界のありのままを感じさせてくれ、身の丈に合った意識を抱かせてくれるからなのかもしれません。
少し前置きが長くなりましたが、私がこの作品を選んだのはそうした小さな世界の心地よさを感じたからなのです。
舞台となるのはとある中学校。そして主人公は14歳の少女。学校という閉じた場と、14歳という年齢とが、物語の世界を自然と小さなものにしているのです。
さて、そうした世界ではどのようなことが描かれているのでしょうか。それはこの作品のあらすじを見れば分かる通り、少女たちの友情です。
物語は少女が机に書き留めたある独白と、それに応える姿の見えない彼女の言葉から始まります。その小さなやりとりから始まる物語は、一見すると劇的な展開を迎えるわけでもなければ、大きな心の動きがあるわけでもありません。それでも「向こう側」の彼女に向けて書いた言葉と、彼女から帰ってくる言葉は、"私"の心を静かに、そして確実に動かしていくのです。
そうした物語の中では全てが語られているわけではありません。その空白の中に何を描くかという自由は、私たちに与えられているのです。この作品を読み終えたとき、私たちの心に根付いている感情はどのようなものでしょうか。それぞれの心に咲いた色とりどりの花弁を大切にしたくなるような、そんな物語なのだと私は思います。
『放課後のピアノ』
作者名:白九 葵
作品URL:http://ncode.syosetu.com/n7377cr/
紹介者からの但し書き
:以前書いたレビューに加筆修正を行ないました。