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なろうレビュー祭り2016  作者: レビュー祭り運営委員会
コラム③
20/30

【コラム】ジョシュア『古き物語の力』

 今年は特に、邦画の年であったと思う。たくさんの邦画がテレビもSNSも騒がせていた。

 この記事を書いているときすでに、新海誠監督の『君の名は。』はもちろんのこと庵野秀行氏が怪獣特撮の筆頭である『ゴジラ』をリメイクした『シン・ゴジラ』、太平洋戦争時を題材にしてにてドラマを描いた『この世界の片隅に』。

 海外からも年末には『ファンタスティック・ビースト』『ローグ・ワン』などの作品がきていて、映画業界全体が大騒ぎであると思う。

 その中でも、『君の名は。』と『シン・ゴジラ』はとりわけ盛り上がったように思う。ここ数年でアニメファンから一定の評価を得て、一部に熱狂的なファンを持つ新海誠氏が手がけた『君の名は。』は、この記事を書いている頃には興行収入200億円に迫っており(もしかすると掲載された頃には超えているかもしれない)、『シン・ゴジラ』はTwitterなどを巻き込んでファンたちが盛り上がる「シン・ゴジラリアルタイム実況」などが行われるほどであった。


 それでは、何がこの二作品をこれほど印象的にさせたか。あるいは刺激を与えてくれたのか。

 そもそもこの二作品は果たして、新鮮であっただろうか? 私にはそうは思えなかった。それはまず『シン・ゴジラ』であれば、『ゴジラ』は長期シリーズであり何度も何度も作られてきた。初代『ゴジラ』から始まる「昭和ゴジラシリーズ」、第16作目から始まる「平成ゴジラシリーズ(vsシリーズ)」、そして『ゴジラ2000 ミレニアム』から始まるミレニアムシリーズである。おそらく、すべての世代の者が『ゴジラ』の存在を認知し、それぞれのゴジラ像を持っているだろう。そして、このゴジラ像は、良いものも悪いものもあった。ミレニアムシリーズの観客動員数は歴代でも低迷していたし、平成ゴジラシリーズについても同様だ。ポジティブにもネガティブにも、ゴジラの姿はあった。いまさらゴジラの新作と言われても(たとえ監督が庵野秀明氏であったとしても)新鮮ではなかった。事前の評価も、庵野氏や監督の樋口氏を含めてあまり良くなかった。少なくとも、私が『シン・ゴジラ』を見る前はそう思っていた。(それでも見るだろうな、とは思っていた。筆者はゴジラファンである)

 一方、『君の名は。』はどうか。絵は綺麗であったと思うし、声優に神木隆之介を起用するなど、様々な面でキャッチーだった。しかし、CMなどの広告からは、主人公の男女が入れ替わってめぐるストーリーなのだろうというのがわかり、これだけでは『転校生』というドラマが過去にあったり、もっと遡っていってしまえば『とりかえばや物語』もある。また、CMからの印象だけで言ってしまえば『時をかける少女』も彷彿してしまうだろう。新海誠氏の名前に惹かれたものの、彼の過去作である『秒速5センチメートル』『言の葉の庭』の印象が強くあった。氏の作品の純粋無垢さとそれに対する冷たさについては熱狂的なファンはいるものの、大きく受けるものではなかった。『シン・ゴジラ』と比べれば映像・音楽は新鮮であったとは言え、ストーリーはどうやら使い古されていそうなものだぞ、とわかってしまう。


 だが、この二作品は見事なまでなヒットを記録した。我々に対して新鮮で激しい印象を残した。それはなぜだろうか。

 私は二つの作品を見て、「過去にあったはずなのに」とても新鮮に感じた。『君の名は。』でも述べたが、確かに映像技術、音楽技術の進歩はその要因としてあった。大迫力のゴジラやCGと実写、あるいはミニチュアを十分以上に現代の技術で使った『シン・ゴジラ』は観客に恐怖を与えた。『君の名は。』の映像の幻想的な雰囲気であったり、RADWIMPSの美麗な音楽に感嘆もする。

 が、それだけではないだろう。やはり内容を語らなければなるまい。

 『シン・ゴジラ』の冒頭シーンは、謎が多く生まれる。まず私たちのよく知ってる光景と、政府官僚のやりとりが流れる。東京湾で何かが起こっているぞ、となるのはそのあとだ。それからは断続的な地震が続き、海ほたるへ向かう海底高速道は崩れる。Twitterと思しきSNSツールではいくつもの投稿があった。私たちは知っている、あれは紛れもない東日本大震災を始めとする、震災の光景と同じだと。内容に踏み込みすぎるとネタバレになってしまうから割愛するが、自衛隊の出動シーンにしろ、ゴジラの侵攻のシーンにしろ、そしてゴジラの命名シーンにしろ、多くのオマージュがあった。過去のゴジラシリーズをはじめとする『ウルトラQ』『ガメラ』などの怪獣シリーズを思わせるシーンがありながら、それでも新鮮に映った。

 『君の名は。』はどうだろうか。物語はどうもありきたりであったが、目まぐるしい視点の変更など構成にとても妙があった。何より、CMで見た印象である『とりかえばや物語』はやはりそこにあったものの、あちこちにたくさんのファンタジーがあった。ファンタジー、と言えば聞こえがわかりにくいかもしれない。いわゆる「験担ぎ」であったり、暗示であったりする。それは月であったり、茶柱であったり、影や天候によるものだった。あるいは登場人物のセリフひとつとっても、すべてがフラグとして機能していた。こうした手法は、平安時代の文学に多く見られる。『源氏物語』で登場人物、いまで言うならヒロインと呼ばれる存在が死んでしまうことを「鬼に食われた」「怨霊に祟られた」などとすることにも通じる。


 結局、この二作は私たちが知っているもので構成されている。目新しさはない。はずであるが、それぞれの作品がオリジナリティとして昇華している。それは、製作者たちがそれらについてきちんと消化していることがある。また、観客もあまり見慣れていない、つまり知識としてはあってもパッと見てそれがわからないというのもあるだろう。

 昨今、創作におけるオリジナリティとは何だ、という話がある。今年にヒットした二作品を見てみれば、なんらかの元ネタに着想を得て、ストーリーにも演出にも盛り込まれ、その手法がとりわけ優れていたということがわかる。何よりこれら古いものは、何度も何度も語られたことで洗練されているし、私たちに馴染みもある。俗なことを言えば「ウケるつくり」になっているのかもしれない。

 こうした、古きものを参考に作り直そうという動きが多くあるように見受ける。根源的なパワーの存在する物語を参考にすることは、私たち創作をする者にも参考になるにちがいない。偉大なる先駆者が証明をし続けてくれていることに感謝しつつ、自分も追いかけていこうと思う。

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