雨宮吾子/枕くま。『わたしの万死一生をあなたへ。』
冬という季節はどことなく寂しくて、それは冷たく乾燥した空気や日照時間の短いせいなのだろうけれど、どこか世界の終わりを想わせる。それでいて新たなる季節へのささやかな希望を感じさせるのだから不思議なものだ。
この作品は軽妙でリズミカルな文体によって綴られていく物語だ。現代的な用語が散りばめられていて、それが今という時間において力強い推進力となっている。主人公と上司との間で交わされるババア問答だとか、学生時代からの付き合いである恋人の心理を的確に説明する一節など、面白おかしく物語は進行していく。そうかと思えば、異変は突然に起こる。それは世界の終わりの、一つの予兆なのだ。そうした異変を前にしながらも彼女のために進む彼は、やがて終着点に辿り着く。そこで待つものは、果たして何だろう?
この作品には言葉だけでは説明できない魅力がたっぷり詰まっている。なんてことを書くと、それを説明するためにレビューを書いているんじゃないのか、と言われてしまいそうだが――私なら口にしないまでもきっとそう思う――、そうできない事情が一つある。先ほどから何度も書いている「世界の終わり」という、その言葉を冠した楽曲があるのだ。私の推察では作中にも登場するその曲が、きっとこの作品の根底にある。軽妙でリズミカルで力強くて、それからちょっと不可解な内容。その楽曲の魅力は、そのままこの作品の魅力となっている。だからこの作品の魅力を知ったならば、是非ともその楽曲も聴いてみてほしい。そうしたなら媒体の異なる二つの作品の魅力が深く理解できるはずだから。
あと一つ、触れておかなければならないことがある。前置きとして記された宮沢賢治の一篇の詩だ。その内容については残念ながら私は理解したとは言い難いし、その詩を引用した意図というのもよく分からない。だが、その態度を保留する姿勢こそが正しい在り方なのかもしれない。そうして思い悩む『あなた』へ注がれる視線、それはどこから発しているものなのだろうか?
私の心の中には、既に彼女は住み着いてしまっているのかもしれない。そんな予感が、どうしても拭えない。だとしたなら、彼女はもうこちらにあふれ出て来ているのだ。
『わたしの万死一生をあなたへ。』
作者名:枕くま。
作品URL:http://ncode.syosetu.com/n7009db/