第九話 対決ドなんとかくん
なぜこうなった。
その言葉がぐるぐると頭を反復する。
確か昨日、悪名高い魔王を倒すために村を出たのは朝だった。
それからユーシャに出会い、不思議な力で魔物を倒し、馬車を盗まれたのは昼。
一緒にユーシャを盗まれたもので、あわててユーシャを探して一晩中かけずりまわった後、リルマとともに酒場を壊して捕まったユーシャと再会したのが今朝がた。
そして捕まって、地下牢に入れられ、どういうわけかこの国の王子の妻を誘惑した罪で死刑が決まった現在。
「なぜこうなった……」
一つ分かることがある、都会は恐ろしい所だ、もしかしてこんなことが日常茶飯事にあるのだろうか……。
そんなことを考えながら、地下牢を出てそのままぐるぐると地下の良く分からない道を行くこと数十分。
着いた先は、所々光ゴケのこびりついた、薄暗い夜を感じる大広間だった。
何やら地面が血で汚れているような気がするが気のせいだろうか、嫌、気のせいではない、ここがきっと死刑執行室なのだろう。
その真ん中に立たされた俺とユーシャ。
何が起こるか分からないが、湧いてでたのは自責の念だった。
何が何やらさっぱり分からんが、俺はまたドジを踏んだのだろう。
「ユーシャよ、こんなことになって、まことにすまぬ、何やらよくわかならぬが、共に魔王を倒そうと誓った者同士、せめてお前だけでも逃がしたいが……」
「いや、戦士さんのせいでもないと思うんですけどねえ」
ユーシャはなぜかこんな時にも余裕のある声で俺にそう言った。
励ましてくれているのだろうか、何と健気な……。
俺たちの前で、ルアー王子は余裕の笑みを浮かべリルマを見る。
「いいのかリルマ?死ぬぞこの男?」
その左隣では爺が流れる汗を拭いて、その後ろでは警備兵達が「いいのかなあ」とか小さな声で囁き合ってるのが聞こえる。
ルアー王子の右隣りでリルマは静かに腕を組んで考え込んでいた、俺の地獄耳が、ごく小さな声で「なんかちょっと考えてたのと反応が違うんだけどなあ」と呟くのを捉える、何を考えているのだろう、さっぱり分からないが、きっと俺たちを助けてくれる手を考えているのだ、と思うが……。
「グルル……」
何やら獰猛な動物のよう鳴き声が奥から聞こえた。
ただの鳴き声ではない、でかい、かなりでかい動物の鳴き声であるような気がする。
良く見ると、死刑執行室のその奥に、鉄格子で区切られた別の部屋が続いているではないか、鳴き声はそこから漏れている、同時に嫌な予感がする。
「リ、リルマ、この男、あきらめろ、そして俺の妻となれ、そうすれば、この男助けてやらんこともない……ぞ?」
ルアー王子は再びリルマを見る。
しかし、そう言う彼の余裕の笑みは少し崩れ、声は上ずり、体が少し震えていた。
リルマはまだ考えている、と、ぽつり、
「なんか違うけどいいや」
と呟くのが多分俺だけに聞こえた。
「王子!私のこの人への愛は変わりません!どうか!私たちの愛を許して下さい!あなたが私を助けてくれようとしたのは分かります、しかし私には愛する人がいるのです!諦めて!」
なんとこんなことを言い出した。
俺はリルマといつ愛しあったのだ?
思わず走馬灯がかけめぐる、筋肉の多い家系で、筋肉を育てるよう教え込まれた幼少期、友達にお前は筋肉だけだなと言われた少年期、魔王がこの国にの端に君臨し、この筋肉を役に立てようと決意した18歳現在。
「リルマ、人違いじゃ……」
俺の言葉を遮って、リルマは続ける。
「そして私を逃がして下さい!私は自由が好きなんです!一つの国に囚われるなんて嫌!分かって下さい王子!」
王子はショックを受けたように後ずさった。
そしてわなわなと震えると、涙目で俺を睨んだ。
「死刑執行だー!」
言うと同時に、王子たちと俺たちの間に鉄格子が下りてきた。
そして大きな音を立て、奥の鉄格子が開く音がする。
ゆっくりと、その中にいたもののが重い足音を立てて姿を現す。
全身硬い灰色の皮で覆われた、頭に何本も小さなツノを持つ俺よりも大きな犬のような生き物だった。
モンスターか?
見たことない生き物に、俺は一瞬そう考えた。
剣を構えたかったが、ここに入る前に警備員に没収されてしまっている。
「ふっふっふ、どうだ怖いだろう、人間が大好物の動物ドモスティアくんだ、人が狩りつくして絶滅寸前だがな、この城では死刑になったものの処理に使わせてもらっているのだ」
鉄格子の向こうで笑う王子は、それでも緊張が隠せず、足の震えもマックスとなっていた。
その両隣で爺は流れる汗を拭く作業にいそしみ、リルマは「あれー?」とか言いながら首を傾げていた。
しかしそれどころではない!
俺はユーシャの前に立つと、己の筋肉だけを頼りにドなんとかくんと対峙した。
「戦士さん」
ユーシャの声が背後から聞こえる。
「何だ」
ドなんとかくんを刺激しないように、俺はユーシャに囁く。
「20秒だけ、なんとかしてください」
そう言うと、ユーシャの詠唱が始まった。
聞いたことない言葉で告げられる、不思議な歌のような文句に、俺の心は二つの意味で安堵した。
一つは美しい歌を聞いた時に訪れる心の安寧、そしてもう一つは言わずとも知れている。
「よし!来い!」
ドなんとかくんと俺は睨みあった。
目を反らしたら襲いかかられる、俺の動物的勘がそう告げた。
しばらくの睨みあいの後、意を決したように襲いかかったのはドなんとかくんの方だった!
「うおおお筋肉!」
俺は襲いかかってくるドなんとかくんの鼻に狙いを定め、拳を繰り出した。
正確な狙いに、怯んで後ずさるドなんとかくん、しかし、傷を負わせるまでに至らなかった、再び襲いかかるドなんとかくんに、今度は転がって避ける。
完璧狙いを俺に定めたドなんとかくんは、そのまま俺に牙の応酬をかけようとするが……。
「はい、良いですよ、戦士さん」
その声に、俺は再びドなんとかくんの顔に拳を振り上げる!
「グガア!」
大きな唸り声と共に、ドなんとかくんは吹っ飛んだ。
そしてそのまま、大きな音と共に壁の中にめり込む。
ミシミシと死刑室全体が音を立てた。
壁にめり込んだまま動かないドなんとかくんを確かめると、俺はユーシャが無事かどうか確かめるために振りかえった。
ユーシャはいつもの変わらぬニコニコ顔のまま、そこに立っていた。