第八話 良く分からないが大ピンチ
4・トリデ城からの脱出
トリデ城の城下町で、何とも言えない表情の人々の中を抜け、たどり着いたのは記憶に新しい警備隊事務所だった。
そこで話を聞くと言うことだったが、なぜか通されたのはカビ臭い地下牢。
いや、捕まったこと自体が初めてなのだ、もしかしたら罪を犯した者たちはとりあえず皆ここに入れられるものなのかもしれないな、うん。
「僕捕まったの初めてなんですが、ここって誰でも入るものなんですか?」
ユーシャも不思議に思ったらしい。
そう言われると俺も自信がなくなる。
時々何か小さな生き物が走り去る足音とどこからか水の滴る音、俺たち以外で物音がするとなるとそのくらいなものだった。
「あ」
ユーシャの声に、あぐらをかいていた俺は振り返る。
ユーシャはつま先で、何か隅っこにあった丸いものを突っついている。
良く見たらそれ、小さな小さな頭蓋骨ではないか!
「……」
「……」
ユーシャと共に黙りこくる。
「きっと迷い込んだ動物のものだろう」
「そうですね」
それ以外に何かあってたまるものか、俺は無理やり首を前に戻し、鉄格子の奥の階段から誰かが来ないか見張る作業に戻った。
しかしなぜリルマは同じ所に閉じ込められなかったのだろうか?
罪状が違うからか?
こっちは酒場を壊しただけだが、あっちは国を滅ぼしたとか言っていたからな。
もしかしたら、もっとひどい所に連れて行かれたのかもしれない……。
嫌な考えが頭をよぎり、俺は首を振った。
水の滴る音が、地下牢のカビ臭さに拍車をかけている。
このままでは筋肉までカビてきそうだ。
「うおおおお!」
俺は周りの雰囲気をぶち壊すように、力の限り叫んだ。
そして、勢い良くその場でスクワットを始める。
「筋肉を!筋肉をつけたらこんな問題すぐどうにかなるはずだー!」
その叫びは地下牢を反響し、しばらく俺の頭を揺るがしたが、そんなこと構ってはいられない。
「いちに!さんし!」
俺は勢い良くひざを屈伸させる。
よく見たらユーシャが寝ているではないか。
「どうしたユーシャ、疲れたか?」
スクワットする足を休めることなく、首だけユーシャを向いて話しかけたら、ユーシャはやれやれと起き上がった。
「心配しないでください、戦士さんのあまりの声の大きさに少しぶっ倒れただけみたいですから」
「そうか!なら心配ないな!」
そう叫ぶと、ユーシャは耳を押さえて少し怒ったように言った。
「前言撤回です、戦士さん、ちょっとしゃべらないでください」
なぜだ!
と思ったが、多分原因は自分にあるのだろう、いつもそうだからな。
俺は「わかったぞ」と口パクだけしてスクワットに熱中することにした。
水の滴る音は相変わらずだが、どういうわけか生き物の気配は無くなった。
静かな地下牢に、俺の汗がほとばしる。
「平和ですねえ」
なぜか勇者がぽつりとそう呟いたが、俺はしゃべってはいけないと言われているので、そのままスクワットを続ける。
しばらくそれを続けたまま500を数えたとき、奥の階段から誰かが来るのが見えた。
階段を下りてくるのは1人、2人、3人、4人……6人だ。
ほとんどが鎧を着た警備兵だが、3人ほど毛色の違う者がまじっていた。
「やっほー、何やってんのあんたたちすごい元気ね」
そのうちの1人が、スクワットする俺を見て元気そうに言う、リルマだ。
「元気に見えるんでしたらそりゃ良かったですね」
俺の後ろで座っていたユーシャは不服そうにリルマを見上げた。
「話すな」
毛色の違うもう1人がそう告げた。
と言っても、まだオツムも取れてなさそうな少年だ。
年齢は9才程度だろう。
少年はぐるり地下牢を見渡すと、俺に焦点を当てた。
「お前、でかいの、リルマの何だ」
俺を指さすと、ジト目で俺を睨む。
リルマの何か、うむ、良く分からん関係だが話そう。
「俺とリルマは、なんというか、なんだろうな?」
やっぱり分からなかった。
自然とリルマに問いかける形となったが、リルマは嫌そうな顔をするだけだった。
「私を見ないでよ」
鉄格子の向こうでイラついているらしいリルマに俺は睨みつけられる。
なぜこうも睨まれなければいけないのだ。
「し、知っているぞ、私は、お、お前、リルマとヤったんだろ!」
最後の「ヤったんだろう!」の声は大きく、地下牢に響いた。
俺はまたもや疑問符が頭に浮かんだ。
ヤった?何をだ?
「何をだ?」
俺は多分間抜けな顔をしていたのだろう。
鉄格子の向こうの少年は、顔を赤らめると左右の手の人差し指をもてあそびつつまた言う。
「ヤったって、あれだよあれ!」
「だから何をだ?」
「あれだ!」
「あれ?」
「あれ?」
ユーシャも参加する。
「キ」
「「キ」」
少年は、小さく手まねきをすると、俺の耳を招き、小さく小声で叫んだ。
ユーシャもこっそりと耳を寄せその声を聞いていた。
「キスだ……!」
「「キス?」」
ユーシャと声が揃ってしまった。
俺はまたもや疑問符が頭に浮かんだ。
多分さっきよりもっと間抜けな顔をしているのだろう。
「キスなどしてはいない」
平然と言う俺だが、少年は信じなかったらしい。
「嘘だ!」
と言うと、今度はリルマを指さした。
「リルマとキスしただろう!こいつ俺の他にもキスしたやついるって言ってるから!」
何を言っているんだこの子は。
睨みつける少年を俺がぽかんと見ていると、少年の側にいた老人が彼をたしなめた。
「王子、あなたはまだ子供なのです、この女とも結婚できないんですよ王子、しかも死刑囚……!聞いて下さい王子!」
「うるさい爺!」
少年は爺さんを跳ねのけた。
俺は後ろのユーシャを振り返った。
「ユーシャよ、お前がやったのは器物破損なかったか?」
何が何やら状況が分からず聞くと、ユーシャも肩をすくめた。
「そのはずなんですけど……?」
二人で顔を見合わせ同時に首を傾げてしまう。
「なあリルマ!そうだろう?こいつとキスしたんだろ!」
そんな俺たちの気持ちも知らず、オージという少年はリルマをに問いかけた。
リルマは腕を組んでしばらくぼんやりと考えていたが、ふいにニヤリと嫌な顔をした。
そして……、
「そうなんです!王子!私を許して下さい」
なんとリルマはそう言うと、鉄格子にすがりつき肩を震わせ泣き出した。
「私はこの人を愛しているんです……だから私のことは諦めて下さい、とっとと……いえ……すぐに私をこの城から解放してください……!」
そのリルマは、馬車を盗まれる前に俺に見せたような、宝石のようなイメージを纏っていた。
何なんだ、何が始まっているのだ。
俺はさっぱり状況が理解できないまま泣いてるリルマを唖然と見た、多分最上級に間抜けな顔をしていたのだと思う。
「あー……」
後ろから、ユーシャの何か理解したような声が聞こえた。
リルマの後ろで、オージは大変ショックを受けた顔をして後ずさっていた。
なぜかオージの隣の爺だけがホッとした表情を見せている。
しかしその表情もオージの次の言葉が告げられると同時に崩れ去った。
「……許さん」
オージは今にも泣きそうな顔で俺を指さした。
「許さん!死刑だ!」
死刑?
この子は何を言っているんだ?
「ははは、そんな権限君には……」
ないと思うのだが?
そこまで言って、俺はユーシャに同意を求めてみる、ユーシャは困った顔で両手の平を肩まで上げた。
お手上げですよ?
何が何やら分からない、そんな俺の間抜な表情も、オージの次の言葉に驚愕の表情へと変わることになった。
「私はトリデ城の第三王子ルアーだ!私の妻リルマを誘惑した罪、万死に値する!したがって、死刑を執行する!」
俺がその言葉を理解するまで、一分を要した。
静かな時が流れ、俺が言葉を飲み込んだ時、再びこの言葉が頭を支配した。
なぜこうなった。