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その日の空はとても青かった  作者: 音切風太
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最終話 見上げる空は

終章・見上げる空は


 ミミノスは何と言っただろうか。


『ユーシャはんは最初から死ぬ気まんまんだったんじゃ』


 それはないだろうユーシャよ。


『最後の力で戦士はんの傷を治して、力をたくしたっちゃろ』


 城の庭園に着いた時、そこには沢山の城の兵士や戦士たちが集まっていた。

 魔王はもういないと言った時、彼らは歓声を上げた。

 何がそんなに嬉しいものか、ユーシャが変わりにいなくなってしまったというのに。

 もう、いないというのに。

 歓声はいつまでも、いつまでも続いていた。



「あーしみったれてるんだから、ちょっと聞いてるの?あの子でさえ一生懸命にがんばって国に潜んでいるモンスターをどうかしようとしてるんだからね」


 気が付くと、目の前でリルマが何か言っていた。

 俺は実家の玄関の前に座り、白と黒の色の混じった真珠のようなグレースを見つめていた所だった。

 いや、ずっとそうしていたのだろうか。


「……リルマよ、いつの間にそこにいたのだ?」


 そう言うと、リルマはこれはダメだと言わんばかりに顔に手を当てた。

 良く見ると、リルマの髪は束ねられ、青いドレスを着ている。

 まるでどこかの貴族のようだ。


「その格好はどうした?」


「あん?この格好?別にどうでもいいのよ、今だけルアー王子の手伝いしてるっていうこと、なんか前の国で押し付けられた罪もルアー王子が調べ上げて誤解だったって解決してくれたから、私も恩を返さなきゃなって、今だけよ今だけ、あの子が大丈夫になったら国を出るつもりだから」


 そうか、そうか、リルマはもう追われることはないのだな。

 良かった……。


「それは良かった」


 言うと、いきなり両の頬をつねられた。


「良かないわよ、もうやる気半分失くしてるとは言えモンスターは各地に残ってるし、ルアー王子の国は実は乗っ取られたかけてた寸前だったし、ミミノスはいつの間にかいないし、……あんたはこうだし!」


 言い終わると、リルマはパチンと俺の両頬を軽く叩いた。


「気が向いたらいつでもトリデ城に来なさい、信用できる相手だったら、猫の手も借りたいほどなんだから」


 そして、じっと青い瞳で俺の顔を見た。


「リルマ様―、そろそろお時間ですよー」


 遠くで若い女の声がした。

 見ると、メイド服を着た素朴な女が手を振っていた。


「じゃあ行くから、しっかりしないと、今度は噛みつくからね」


 リルマは腰を上げると、指をさして俺にそう言った。

 そうして、つかつかとメイド服の女の元に行ったなと思うと、途中で振り返って、もう一度指を俺にさした。

 そして、どういうわけか次に指を空に向ける。

 そうして、怒ったように歩き去ってしまった。

 メイド服の女も困ったように笑いながら、一回俺に向かってお辞儀をすると、急いで先を行くリルマの元へと走った。

 空?

 そう言えば、今日は良い天気だな。



「聞いてるのか?おーい、兄さん、兄さん」


 リルマが来てどのくらい時間が経っただろうか、次に俺に話しかけてきた相手は、若い戦士だった。

 会ったことがあるな……そう、ラノ村で、共にモンスターと戦い、夜中襲ってきたモンスターに殺されかけていた……。

 名前……名前は聞いていなかったな?


「大丈夫?兄さん?魔王倒した戦士だって聞いたけど、なんだか様子が変だな、何か力になれることがあったらいいけど、俺もこうだしな」


 そう言って笑う戦士の姿は、所々包帯に巻かれ、手は布により吊るされていた。


「ここに屈強な女がいるって聞いて、もしかして恩人じゃないかと思って来たんだけどな、なあ兄さん、あんたの家族にいないか?カッコいい女戦士が」


 女戦士……そう言えばあの時は女だったな。

 俺は少し笑った。


「かっこいい戦士など、ここにはいない」


 そう言うと、若い戦士は不服そうに顔をしかめた。


「なんだよ、何も知らない癖に、俺、その人に助けられてよ、お礼を言いたくて今探してる最中なんだよ、この家に屈強な女がいるらしいじゃん、ちょっとお邪魔してもいい?」


 俺は何も言わなかった。

 そう言えばあの時はユーシャがいた。

 そんなことを思い出していた。

 なぜ守れなかったのだろう、俺は。

 若い戦士はそんな俺を見て首を捻ると言った。


「何か知らないけど、元気出せよ兄さん、俺の恩人の姉さんだったらきっとこう言うぜ、前を向け青年、前を向く限りきっと道は開けるだろうってな」


 随分とこの戦士の中で、俺の姿は美化されているようだ。

 俺はまた笑った。

 そんな俺を見て若い戦士も笑うと、「じゃあな兄さん」と言って、俺の家の玄関を叩いた。

 出てきた母に案内されて家の中に入って行ったが、日が傾く感覚もないまま姉の「屈強だなんてひどい!」という悲鳴と共に玄関を勢いよく出て行ってしまった。


「すいません人違いですー」


 と声を出して、その後ろ姿はリルマとはまた別の方向へと行ってしまった。

 前を向く限り道は開ける、か。

 俺は手の中のグルースを握りしめた。



 家の庭で旅支度をしていた最中に、彼女は来た。


「ハロー戦士はん、なんだ元気そうじゃないかい、心配して損したよ」


「ミミノスか」


 聞き覚えのある口調に今度の訪問者を想像して振り返ると、そこには16歳位の、星空のワンピースを着て月の模様をしたとんがり帽子をかぶった美少女が立っていた。


「ミミノス……か?」


 心配になってもう一回尋ねると、美少女は頷いた。


「一回帰ってまたこの時代に戻ってきたんじゃよ、ちょっと時間かかったけど、やらなきゃいけないこと、見つけたからな」


 俺はミミノスの姿にたじろいで、黙りこくってしまった。

 とても同じ人物には見えない。

 見えないが、ミミノスである、俺は直感でそう信じた。


「随分と変わったなミミノスよ、一瞬誰かと思ったぞ」


 笑うと、ミミノスも笑った。


「今日は、さよならを言いに来たんじゃよ、ワシはもう時代を飛んだりしない、これで会うのも最後じゃ」


 そうか……元々住んでる時代が違ったのだ、会えたのでも奇跡なのであろう。


「そうか、世話になったな、元の時代でがんばってくれ」


「それで、ちょっと相談なんじゃが、そのグルースを貸してくれんかの、なに、ちゃんと帰すから」


 ミミノスは、俺の手を指差した。

 そこには、ユーシャのグレースがあった。

 俺は一瞬迷ったが、相手はミミノス、信用しよう。


「ああ、良いぞ」


 俺はミミノスの手に、真珠のようなグレースを乗せる。

 ミミノスは大切そうにそれを受け取ると「じゃあの、元気でな」と言って後ろ姿を俺に見せた。

 はて、そう言えばこれで会うのが最後なら、どうやってグルースを返すと言うのだ?


「おいミミノス……」


 しかし、そこにはもうミミノスの姿はなかった。



 それより三日後、俺は旅支度を済ませると家を出た。

 目指すはトリデ城である。

 そこでルアー王子の手助けをし、国の問題が済んだらそのまま旅に出ようと思っている。

 結局あれからミミノスは来なかった。

 しかし、あんな嘘をつく者でもない、俺は約束を待つことにした。

 早朝の馬車の乗合場には誰もいなく、俺だけがそこで馬車を待っていた。

 そう言えば、ユーシャと出会ったのは馬車の中でだったな。

 出会ってたった数日だったが、濃い日々だった。

 俺は思い出していた。

 馬車での出会い、そして戦闘、リルマに騙されて、はぐれてしまいトリデ城で待った、捕えられ、ナントカ君と戦い、リルマと共に森の中に逃げた。

 ミミノスと出会い、ラノ村でひとときを終え、再び森の中でユーシャの話を聞いた。

 魔王の城に着いた、操られたルアー王子を正気に戻した、夢の中で会った二人のユーシャは何だったのだろう、そして魔王と戦い、そして……。

 そして……。


「おはようございます」


 いつの間にか、隣に人がいた。

 聞いたことがある声だ。

 俺は慌てて振り返った。

 そこには、フードをかぶった子供がいた。

 ユーシャ位の背丈。


「何か、ミミノスさんがグレースの研究をして分かったことみたいですが、グレースは数百年くらいかけて復活するみたいなのです、一定の魔力がたまると。まったく、どうしてくれるんでしょう、仕事が増えましたよ、グレースを今度は消滅させていかなきゃいけなくなった」


 ユーシャは、俺の見上げると、優しそうに言った。


「ああ、何て顔してるんですか、あなたは笑ってればいいんですよ、あなたは僕の……空なんですから」


 そうして、これ以上にないほどの笑顔で笑った。



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