第三十五話 魔王の交渉
薄暗い部屋にいきなり光が満ちた。
眩しくて目を閉じると、今度は轟音が耳を支配した。
「ははははは!」
轟音に混じり、魔王の笑い声が聞こえて来る。
必至の思いで目を開けると、部屋には四方八方に光の矢が降り注ぎ、その矢たちはそこらの壁を破壊していた。
しかし、辺りを破壊しつくしている光の矢は俺の体をかすめることもしない。
当たると思った瞬間方向が変わり、床に、天井に、俺を貫くことなく矢は力の矛先を変える。
これは……。
「へえ、これは……」
魔王は感心した様子である一点を見ている。
俺も振り返ってそこを見ると……、
「ミミノス!」
思わず叫んだその先には、ユーシャを庇いながら、見たことないほど真剣な表情で両手を突き出しているミミノスの姿があった。
彼女の手の動きに対して、光の矢が俺たちから逸れている。
守ってくれているのか?
「戦士さんこれは任せてちゃっちゃっとやっちゃってほい!」
「任せた!」
思い切り叫んだその後、俺は光の矢の中を走り魔王の元へと向かった。
近づくにつれ、魔王の嬉しそうな顔がありありと視界に届く。
「うおおおお!」
そして、俺は思い切り剣を振ると、その面めがけて振り下ろした!
魔王も、右手を赤い剣に変え、それを受け止める。
全身を襲う衝撃を味わいながら、一瞬だけ魔王と睨み合う。
しかし、剣の砕ける音と共にその一瞬は終わった。
音が消えたようだった。
俺の剣は、無残にも砕け、光の矢が散乱する室内に落ちた。
それは、瞬きをするほどの間だっただろう。
気が付くと、俺は魔王の巨大な左手に捕えられていた。
「ぐああ!」
思い切り握られ、ミシミシという骨のきしみを感じながら俺は血を吐いた。
「あれ、意外としぶといな、握りつぶすつもりだったんだけど、まあいい、エリアドル!」
俺は握られたまま掲げられる。
なんとか逃げようと血管が千切れそうなほど力を込めるが、魔王の左手はそれより大きな力で俺を抑えつけた。
「ぐはっ!」
くそ!このままでは意識を失ってしまいそうだ!
いつの間にか、光の矢はミミノスに攻撃を集中させていた。
密集した光はミミノスの両手ギリギリの所で食い止められ、それでもなお徐々に大きくなりミミノスに圧力を加えている。
いつもは余裕のあるミミノスも、額に汗をしている。
ユーシャ、ユーシャは……。
ユーシャは、ミミノスの後ろで膝をついて茫然と俺たちを見ていた。
「さあ、エリアドル!交渉しようではないか!こいつらの命を助けてやる変わりに、また俺に力を貸せ!また暴れまくろうじゃないか!」
だめだ!そんなことさせられない!
「駄目だユーシャ!聞くな!」
魔王は両手で俺を握り、力を加えた。
「ぐわああ!」
ミシリと俺の体が歪む。
くそ!苦しいどころではない!このままでは死ぬ!
俺は茫然としたユーシャと目を合わせる。
ユーシャは迷っている、俺には感じられた。
こんなときどうすれば良い……どうすれば……!
俺は今までした色んな体験が頭をよぎった。
生まれた時から俺の体は大きかったらしい、俺は5歳ですでに巨漢と呼ばれていた、家族もそれを喜んでいた、庭でやったアスレチック、体育大会の砲丸投げ、そう、そう言えば姉もいる……なぜこんなときに姉の姿が、もっと他に何かないか。
しかし、姉の姿は去ってくれない。
やがて、懐かしい光景が思い出される。
屋根裏で、姉が遊んでいる……。
『何をやっているのだ姉上、ゴリラごっこか?』
『そうよウッホウッホって違うわ!お人形遊びよ!』
姉は大きな体を躍らせながら二つの人形を見せる。
一つは女の子、一つは男の子。
女の子の人形は白い布で覆われている。
『この二人はね、結婚するの』
『ケッコン』
俺は急速に興味を失い去ろうとしたが、姉ががしりと肩に手をやり離さなかった。
『これはマイケル、これはメイ、二人は強い絆で結ばれているの、幾多の困難を乗り越え、マイケルはとうとう告白するの、そう!ピンチの中で!魔王に捕まったメイにマイケルが言うの』
俺は仕方なく『何て?』と聞いた気がする。
『帰ったら!結婚しよう!覚えておいて、これは魔法の言葉、二人は素敵な魔法の力に満ちて危機を脱出するの、結婚しよう!ああ!良い言葉!力がみなぎってきそう!』
ウッホウッホ、姉は言ったような気がする。
俺は目を覚ました。
いかん、何か知らんが走馬灯のようなものを見ていた気がする。
自体は相変わらず、俺は捕まったまま、ユーシャは俺を見上げたまま、ミミノスはさらに大きくなった光を受けて堪えたままだった。
俺は……俺は……。
覚えていて、これは魔法の言葉。
俺は藁にもすがる思いで叫んだ。
「ユーシャ!帰ったら!結婚しよう!」
その声は、部屋中に木霊した。
「は?」
魔王が言った。
「は?」
ミミノスが言った。
「は?」
ユーシャが言った。
「は?」
知らない声が言った。
俺を抜かし、その場にいたものがすべて同じ思いになった。
「「「「は?」」」」




